ミハイル・ティス・エラザス

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ミハイル・ティス・エラザス・ケ・ザニアスギリシャ語:Μιχαήλ της Ελλάδας και Δανίας, 1939年1月7日 - )は、ギリシャの王族。ゲオルギオス1世の孫息子の一人で、ギリシャ王子およびデンマーク王子の称号を持つ。いくつかの歴史小説を著している。

ゲオルギオス1世の末息子クリストフォロス王子と、その2番目の妻フランソワーズ・ドルレアンとの間の一人息子として、イタリアのローマで生まれた。母方の祖父はオルレアニストのフランス王位請求者ギーズ公ジャンである。父クリストフォロスはミハイルが1歳のときに亡くなった。ミハイルはパリに留学して政治学を学び、一時期は准尉としてギリシャ軍に所属していた。

ミハイルは1965年2月7日、実業家の娘で芸術家のマリナ・カレラアテネの王宮で結婚式を挙げた。この結婚は貴賤結婚とされたため、ミハイルは自身とその子孫のギリシャ王位継承権を放棄せねばならなかった。継承権放棄の手続きが完了した後で、国王コンスタンティノス2世は2人に結婚の承認を与えた。この結婚で生まれる子孫はギリシャ王子・王女の称号を名乗ることは出来るが、ギリシャ王族が与えられるその他の待遇である、デンマーク王子・王女の称号および「Royal Highness」の敬称は許されないことも取り決めされた。

ミハイル夫妻は娘を2人もうけた。

  • アレクサンドラ(1968年 - ) - ニコライ・ミルザヤンツと結婚し、息子を2人もうけている。
  • オルガ(1971年 - ) - イタリア王族で又従兄のプッリャ公アイモーネと結婚し、2男1女をもうけている。