ポール・ブリッグス

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ポール・ブリッグス
基本情報
本名 ポール・ブリッグス
通称 ハリケーン
階級 ライトヘビー級
身長 181cm
リーチ 180cm
国籍 オーストラリアの旗 オーストラリア
誕生日 1975年8月13日(38歳)
出身地 ニュージーランドの旗 ニュージーランド
クライストチャーチ
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 30
勝ち 26
KO勝ち 18
敗け 4
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ポール・ブリッグスPaul Briggs、男性、1975年8月13日 - )は、ニュージーランド出身、オーストラリア国籍のプロボクサー、元キックボクサークライストチャーチ出身。元OPBF東洋太平洋ライトヘビー級王者。

来歴[編集]

キックボクサー時代[編集]

幼少期からキックボクシングのトレーニングを始め、15歳でプロに転向。17歳にしてジョムホート・ソーチタラダ(後のジョムホート・キアタディサック)の持つ世界タイトルに挑戦するがローキックで2RKO負けする。その後タイに渡り2年間そこで練習を積むと、19歳の時にWKAムエタイ世界スーパーミドル級王座を獲得した。

1993年12月5日にオーストラリアメルボルン佐竹雅昭と共にやってきた金泰泳に1RKO勝ち。1999年12月24日に来日し内田ノボルと対戦。4R開始直後にKO勝ち。

ボクサー時代[編集]

1994年6月19日、プロデビュー戦を行い判定で勝利を収める。2戦目は3年後の1997年1月4日に行い、試合間隔が空いたせいか、プロ入り初の負けを喫するという結果になった。

2000年7月28日、ダニエル・ローセル(オーストラリア)と空位のIBFパンパシフィッククルーザー級王座決定戦に出場し、5回負傷判定による勝利で王座の獲得に成功した。同年11月24日、アドリアン・ベリンと空位のオーストラリアライトヘビー級王座かけ対戦し、8回TKO勝利でタイトル獲得に成功した。(この王座は1度防衛した。)

2002年3月4日、空位だったタイトルを懸けポール・スモールマン(オーストラリア)に勝利し、OPBF東洋太平洋ライトヘビー級王者となった。(OPBF王座は3度防衛し返上した。)

2004年8月15日、WBC世界ライトヘビー級王座挑戦者決定戦をスティーピ・ダービシュクロアチア)と行い、3-0の判定で勝利し、同時に挑戦権を獲得した。

2005年5月21日、にトマシュ・アダメクポーランド)と空位のWBC世界ライトヘビー級王座を懸けて対戦するが、0-2の判定で敗れた。2006年10月7日のWBC王者アダメクとの再戦では、1ラウンドにダウンを奪うが、その後挽回され、またもや0-2の判定で敗れた。

2007年2月4日、ロベルト・ヴァン・アスウェゲン(南アフリカ)とIBFオーストラレーシアライトヘビー級王座決定戦を行い、大差判定勝利でタイトル獲得となった。

その後3年間試合を行わなかったが、2010年7月21日、ダニー・グリーン(オーストラリア)が持つIBO世界クルーザー級王座に挑戦するも、3年間のブランクが影響したせいか、体がまったく動かずわずか1回29秒TKO負け。不甲斐ない試合をしたため観客からはブーイングを受ける結果となった。

戦績[編集]

  • プロキックボクシング:60戦54勝5敗1分
  • プロボクシング: 30戦26勝(18KO)4敗

獲得タイトル[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]