ホー・チ・ミン作戦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

ホー・チ・ミン作戦ベトナム語: Chiến dịch Hồ Chí Minh英語: Ho Chi Minh Campaign)は、ベトナム戦争末期の1975年北ベトナム軍により行われた南ベトナムの首都サイゴンに対する最終的な攻撃作戦である。4月30日のサイゴン陥落により、ベトナムの再統一に向けて歴史が進行する事となった。

概要[編集]

ニクソン政権のベトナミゼーション政策によってアメリカ合衆国が撤退し、これによって勝利を視野に入れ始めた北ベトナムは再び本腰を入れて南を攻撃し始めた。南ベトナムグエン・バン・チュー大統領はアメリカ合衆国に支援を要求したが断られ、北の攻撃に対し、何も抵抗する手段を持たなかった。南北国境地域は非武装地帯となっていたので、北ベトナムはラオスカンボジアから攻撃部隊を南に入れた。1975年3月26日フエ3月29日ダナンが陥落した。

1975年3月25日、ベトナム労働党政治局はサイゴン解放作戦指揮部の設置を決定した。4月8日、同指揮部が設置され、司令官にヴァン・ティエン・ズン大将が任命。4月14日、「ホーチミン作戦」と命名した。

4月21日、サイゴン東部のスアンロクを陥落。28日、ビエンホア、ブンタウ、タンソンニャット空港を占領。30日午前0時、サイゴン市内に突入。午前11時30分、南ベトナム大統領府に臨時革命政府の旗が立てられ、サイゴンは陥落し、戦争が終結した。この作戦で北側は約2万人の死傷者を、南側は約9万人の死傷者を出した[要出典]

作戦指揮部人員[編集]

参考文献[編集]

  • バン・ティエン・ズン(著)、世界政治資料編集部(訳)『サイゴン解放作戦秘録』新日本出版社、1976年