ヘレーネ・イン・バイエルン
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ヘレーネ・カロリーネ・テレーゼ(Helene Caroline Therese, Herzogin in Bayern, 1834年4月4日 - 1890年5月16日)は、バイエルン王家であるヴィッテルスバッハ家傍系に属するバイエルンの貴族。父はバイエルン公マクシミリアン・ヨーゼフ、母はバイエルン国王マクシミリアン1世の娘ルドヴィカ。妹にオーストリア皇后エリーザベト、両シチリア王妃マリア・ソフィアがいる。
ヘレーネはオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の皇后にと、フランツ・ヨーゼフの母ゾフィー大公妃に望まれていて、有力な花嫁候補であった。しかし、フランツ・ヨーゼフはヘレーネの妹エリーザベトに心を奪われており、いくら母がヘレーネを推しても聞かず、エリーザベトとの結婚を果たした。
ヘレーネは1858年、トゥルン・ウント・タクシス侯世子マクシミリアン・アントンと結婚し、4人の子女をもうけた。
- ルイーゼ(1859年 - 1948年) - 1879年、ホーエンツォレルン=ジグマリンゲン侯子フリードリヒと結婚
- エリーザベト(1860年 - 1881年) - 1877年、ポルトガル王位請求者ミゲルと結婚
- マクシミリアン・マリア(1862年 - 1885年)
- アルベルト(1867年 - 1952年)
フィクション [編集]
ミュージカル『エリザベート』ではフランツ・ヨーゼフの婚約者で、エリーザベトが略奪したかのような設定だったが、実際は花嫁候補の1人にすぎなかった。