ヘスース・バル・イ・ガイ

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ヘスース・バル・イ・ガイ(Jesús Bal y Gay、1905年6月23日 - 1993年3月11日)は、スペイン作曲家スペイン8人組に加えられることもある。

生涯[編集]

ガリシア州ルーゴ出身。はじめマドリードで学ぶが、1924年に故郷に戻り、民謡の採取にいそしんだ。一方でフランシス・プーランクモーリス・ラヴェルイーゴリ・ストラヴィンスキーマヌエル・デ・ファリャらの当時の現代音楽にも影響を受けた。1926年から1927年にかけてファリャに師事し、またファリャ門下の作曲家でピアニストローサ・ガルシア・アスコートと知り合い、後に結婚した。

1935年からケンブリッジ大学の講師を務めるが、スペイン内戦の発生で故国に戻ることができなくなった。1938年ラサロ・カルデナス大統領の招きで、メキシコに亡命した。メキシコ時代にはストラヴィンスキーと親しく交流した。17年後の1965年にスペインに戻り、マドリードで暮らした。

作品[編集]

  • セレナータ(1942)
  • 3つの小品(1945)
  • ドン・キホーテ(1947)
  • ドン・キホーテの頌歌(1947)
  • コンチェルト・グロッソ(1951)

文献[編集]

  • Rosa María Fernández García(2005). Bay y Gay. O seu pensamento antes de 1933 ISBN 84-8485-204-0