ノーサンバーランド公爵
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ノーサンバーランド公爵(英:Duke of Northumberland)は、イングランドにおける公爵位の一つ。1551年にエドワード6世によってジョン・ダドリーのために創設されたことにはじまる。
エドワード6世が夭折すると、ダドリーは息子の一人ギルフォードの妻ジェーン・グレイを女王に推戴したが、メアリー1世によって国家反逆罪により処刑され、爵位は消滅した。1674年にジョージ・フィツロイが授爵したが、子がなく断絶した。1766年には全く系統の異なるパーシー伯家が公爵に陞爵されたことにともないノーサンバーランド公が叙爵され、これが現在に至っている。
居城はノーサンバーランド、アニック(Alnwick)のアニック・カースルで、ロンドンにおける邸宅はブレントフォードのサイオン・ハウスである。付随する爵位はノーサンバーランド伯爵、パーシー伯爵、ベヴァリー伯爵、ワークワース男爵、アニックのロヴァイン男爵である。これらの爵位は全てグレートブリテン貴族に属している。後継者はパーシー伯爵を儀礼称号として使用している。
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ノーサンバーランド公爵(第1期、1551年創設) [編集]
- 初代ノーサンバランド公 ジョン・ダドリー(1504-1553)
- (1553年剥奪)
ノーサンバーランド公爵(第2期、1674年創設) [編集]
- 初代ノーサンバランド公 ジョージ・フィッツロイ(1665-1716)
- (1716年無嗣断絶)
ノーサンバーランド伯爵(1749年創設) [編集]
- 初代ノーサンバーランド伯 アルジャーノン・シーモア(1684–1750)
- 第2代ノーサンバランド伯 ヒュー・パーシー(1714–1786)
- (1766年公爵陞爵)
ノーサンバーランド公爵(第3期、1766年創設) [編集]
- 初代ノーサンバランド公 ヒュー・パーシー(1714–1786)
- 第2代ノーサンバランド公 ヒュー・パーシー(1742–1817)
- 第3代ノーサンバランド公 ヒュー・パーシー(1785–1847)
- 第4代ノーサンバランド公 アルジャーノン・パーシー(1792–1865)
- 第5代ノーサンバランド公 ジョージ・パーシー(1778–1867)
- 第6代ノーサンバランド公 アルジャーノン・ジョージ・パーシー(1810–1899)
- 第7代ノーサンバランド公 ヘンリー・ジョージ・パーシー(1846–1918)
- 第8代ノーサンバランド公 アラン・イアン・パーシー(1880–1930)
- 第9代ノーサンバランド公 ヘンリー・ジョージ・アラン・パーシー(1912–1940)
- 第10代ノーサンバランド公 ヒュー・アルジャーノン・パーシー(1914–1988)
- 第11代ノーサンバランド公 ヘンリー・アラン・ウォルター・リチャード・パーシー(1953–1995)
- 第12代ノーサンバランド公 ラルフ・ジョージ・アルジャーノン・パーシー(1956生)
- 法定推定相続人はパーシー伯爵ジョージ・ドミニク・パーシー(1984生)である。