ドン・ウィンズロウ

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ドン・ウィンズロウ
(Don Winslow)
誕生 1953年10月31日(61歳)
アメリカ合衆国の旗 ニューヨーク
職業 作家
言語 英語
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
最終学歴 ネブラスカ大学
活動期間 1991年 -
代表作 『犬の力』
処女作 『ストリート・キッズ』
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ドン・ウィンズロウDon Winslow1953年10月31日 - )は、アメリカ合衆国ニューヨーク出身の小説家。

ジャンルはソフトボイルド・タッチの探偵・犯罪ミステリー。

略歴[編集]

幼少期には、海軍下士官であった父親に伴い一家で各地の駐屯地を転々とする。自らシナリオを書いたり演じたりする演劇少年であったという。ネブラスカ大学では、より広い世界を見たいとジャーナリズムを専攻する。

37歳で本格的作家としてデビューする以前はさまざまな職業を渡り歩いた。アフリカ史の学士号と軍事史の修士号を持ち、これらの研究に関わる政府関係の調査員にも従事していた。(なお、「一時はポルノ作家として文を書いていたらしい」と紹介されることがあるが、同姓同名の別人との混同による誤解であり、本人はきっぱりと否定したうえで、この点をたびたび質問されるので非常に迷惑との旨を述べている[1]。)

調査員として活動中に大怪我をし、入院中の時間潰しと現実逃避のため自己の体験から構想した探偵ニール・ケアリーの物語が、1991年度アメリカ探偵作家クラブ(MWA)処女長編賞候補作に挙げられ、突如ミステリ界に現れた鬼才としての評価を呼び、以降シリーズ化され作家としてのキャリアを歩む。

1999年以降しばらく筆が途絶えていたが、2005年に久々の大作 "The Power of the Dog"が出版され(日本語訳『犬の力』は2009年発刊)、これまで日本でも全ての作品が翻訳出版されてきたが、これを機に新たなファン層を増やすこととなった。

作品リスト[編集]

探偵ニール・ケアリー・シリーズ
# 邦題 原題 刊行年
アメリカ合衆国の旗
刊行年月
日本の旗
訳者 レーベル 日本の旗
1 ストリート・キッズ A Cool Breeze on the Underground 1991年 1993年11月 東江一紀 東京創元社
創元推理文庫
2 仏陀の鏡への道 The Trail to Buddha's Mirror 1992年 1997年3月
3 高く孤独な道を行け Way Down on the High Lonely 1993年 1999年6月
4 ウォータースライドをのぼれ A Long Walk Up the Water Slide 1994年 2005年7月
5 砂漠で溺れるわけにはいかない While Drowning in the Desert 1995年 2006年8月
ドーン・パトロール シリーズ
# 邦題 原題 刊行年
アメリカ合衆国の旗
刊行年月
日本の旗
訳者 レーベル 日本の旗
1 夜明けのパトロール The Dawn Patrol 2008年 2011年7月 中山宥 角川書店
角川文庫
2 紳士の黙約 The Gentlemen's Hour 2009年 2012年9月
その他
# 邦題 原題 刊行年
アメリカ合衆国の旗
刊行年月
日本の旗
訳者 レーベル 日本の旗 備考
1 歓喜の島 Isle of Joy 1996年 1999年9月 後藤由季子 角川書店
(角川文庫)
2 ボビーZの気怠く優雅な人生 Death and Life of Bobby Z 1997年 1999年5月 東江一紀 (映画化:下記参照)
3 カリフォルニアの炎 California Fire and Life 1999年 2001年9月 東江一紀
4 犬の力 The Power of the Dog 2005年 2009年8月 東江一紀
5 フランキー・マシーンの冬 The Winter of Frankie Machine 2006年 2010年9月 東江一紀
6 野蛮なやつら Savages 2010年 2012年2月 東江一紀 (映画化:下記参照)
7 サトリ Satori 2011年 2011年4月 黒原敏行 早川書房 ※ 原書はトレヴェニアン名義
8 About Tommy Flynn 2011年

受賞歴[編集]

映像化作品[編集]

映画[編集]

その他[編集]

  • 『フランキー・マシーンの冬』の映画化企画がかつてあった。2006年の出版前からトライベッカ・フィルムと俳優のロバート・デ・ニーロが関心を示し、映画化権をパラマウント・ピクチャーズが取得した。2006年9月にはデ・ニーロの主演を想定して脚本が書かれ、2007年10月には監督にマイケル・マンを起用し、題名も Frankie Machine となることが発表されていた。

脚注[編集]

外部リンク[編集]