トレヴェニアン

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トレヴェニアン
誕生 ロドニー・ウィリアム・ウィテカー
1931年6月12日
アメリカ合衆国の旗 ニューヨーク州グランヴィル
死没 2005年12月14日(満74歳没)
イギリスの旗 ウエスト・カントリー
職業 小説家
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ジャンル スパイ小説、冒険小説、推理小説
代表作 『アイガー・サンクション』
公式サイト http://www.trevanian.com/
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トレヴェニアン(又はトレバニアンTrevanian, 1931年6月12日 - 2005年12月14日)は、アメリカ合衆国小説家。脚本家。演出家。映画学者。本名はロドニー・ウィリアム・ウィテカー(Rodney William Whitaker)。ダナ大学で演劇の講師(1963-)、のちに准教授、コミュニケーション学科主任(-1966)。テキサス大学オースティン校スクール・オブ・コミュニケーションでラジオ・テレビ・映画学科助教(1966-)、のちに准教授、学科主任(-1974)。ペンシルベニア大学バックネル大学でも教えた。エマーソン大学でマス・コミュニケーション学科主任(1980-)。1949年から1953年まで米国海軍に所属。

ウィテカーはトレヴェニアン以外に、ロッド・ウィテカーニコラス・シアーNicholas Seare)、Beñat Le Cagotとして執筆している。警察小説『夢果つる街』は最初ジャン=ポール・モランJean-Paul Morin)名義で出版される予定だった。

生涯[編集]

トレヴェニアンは多くのベストセラー小説を書いていて、その1つ、『アイガー・サンクション』は1975年クリント・イーストウッド監督・主演で映画化されている。トレヴェニアンは『シブミ』の脚注で映画を「退屈」と書いた。トレヴェニアンはロッド・ウィテカー名義での脚本クレジットを要求し、それは認められた。しかしメインの脚本家はよく似た皮肉な暗殺者を主人公とする『デストロイヤー(殺人機械)』シリーズの共著者として有名な推理作家ウォーレン・マーフィーだった。

トレヴェニアンは長年にわたってその正体を隠してきた、いわゆる覆面作家で、インタビューも、出版者の宣伝も断り続けた。トレヴェニアンが最初にインタビューを受けたのは、『シブミ』出版に合わせた1979年6月10日の「ニューヨーク・タイムズ」紙で、インタビュアーはキャロル・ローソンだった。その中でトレヴェニアンは、「トレヴェニアンは失業中。今なら話せる」と語った。

トレヴェニアンの正体はロバート・ラドラムだという噂がしきりに言われた。ラドラムは以前、「ジョナサン・ライダー」という偽名で、さらにいつもと違うスタイル、いつもタイトルにつく「The」のついていない『Trevayne(日本語題:禁断のクルセード)』という本を書いていて、それが誤解を招いたのだったが、そのことについてトレヴェニアンは、「私は彼が誰かさえ知らない。私はプルーストは読むが、それ以外の20世紀に書かれた本は読まない」と答えた。

著作[編集]

長編小説[編集]

  • アイガー・サンクション(The Eiger Sanction, 1972年) - 訳:上田克之河出書房新社
  • ルー・サンクション(The Loo Sanction, 1973年) - 訳:上田克之(河出書房新社)
  • 1339 or so ...Being an Apology for a Pedlar (1975) - ニコラス・シアー名義。
  • 夢果つる街(The Main, 1976年) - 訳:北村太郎角川書店
  • シブミ(Shibumi, 1979年)- 訳:菊池光ハヤカワ文庫NV)
  • Rude Tales and Glorious (1983) - ニコラス・シアー名義
  • バスク、真夏の死(The Summer of Katya, 1983年) - 訳:町田康子(角川書店)
  • ワイオミングの惨劇(Incident at Twenty-Mile, 1998年) - 訳:雨沢泰新潮社
  • The Crazyladies of Pearl Street (2006)

短編小説[編集]

  • Hot Night in the City (2001) - 短編集。13の作品を収める。
  • 林檎の樹(The Apple Tree, 2000年)- 訳:三角和代、ミステリマガジン2011年5月号。
  • Waking to the Spirit Clock (2003)

戯曲[編集]

  • Eve of the Bursting (1959) - Rod Whitaker 名義。作・演出でワシントン大学の修士号を取得。
  • Never Come Tuesday (1960)
  • Autumm out of the Ashes (1965) - 1965年2月に著作権登録されている。
  • All to Hell Laughing (1965) - 1965年4月、エイドリアン・ホール演出でトリニティ・レパートリー・カンパニーが上演。

ノンフィクション[編集]

  • "The Role of Film Music", MUSIC JOURNAL: educational music magazine, 1966, p.68, p.70.
  • "Christ on Stage", Dialog 5, Summer 1966, pp.226–7.
  • The Content Analysis of Film: A Survey of the Field: an Exhaustive Study of "Quai des Brumes", and a Functional Description of the Elements of the Film Language (1966) - 仏映画『霧の波止場』の研究。ノースウェスタン大学の博士号(Ph.D in communications and film)を取得した論文。
  • "Conversation: On translating Senecan tragedy into film", James Hynd (an interview with Rod Whitaker). Arion (Boston), v. 7 (Spring 1968), pp.58–67.
  • Review: Barbara Deming's Running Away from Myself, Journal of Aesthetic Education, Vol.4, No.4, Special Issue: The Environment and the Aethetic Quality of Life, Oct. 1970, pp.152-3.
  • The Language of Film (1970) - 邦訳はロッド・ホイッタカー『映画の言語』、法政大学出版局、1983年。
  • "The Lawyer, the Lawman, and the Law: Public Image", Texas Law Review: Volume 50, Issue 4 (1972). pp.822–7.

映画[編集]

  • Stasis (1968) - テキサス大学で製作された学生映画。リチャード・クーリス(『悪魔のいけにえ2』撮影)と共同で脚本。監督、編集、出演(暴徒のリーダー役)を務める。原作はサルトルの『壁』。エスクワイア誌主催の第一回国際カレッジ・フィルム・フェスティヴァルでパブリッシャーズ・アウォードを受賞(1970年)。55分。
  • Cinemania (1970) - 1970年1月1日にNET(現PBS)の番組"NET Playhouse"で放送された"Thoughts of the Artist on Leaving the Sixties"のためにロン・ポリシー、リチャード・クーリスと共に制作。白ずくめの黒人スーパーカウボーイが60年代「ニューシネマ」の代表的キャラクター達を決闘で葬り去る。オムニバス映画"Genesis III" にも収録された。カラー、10分。
  • The Eiger Sanction (1975) - 上記『アイガー・サンクション』脚本。

メディアへの露出[編集]

  • 1969年11月8日 - Men and Ideas, KLRN-TV. - ロッド・ウィテカーとして。
  • 1979年6月10日 - New York Times
  • 1980年8月31日 - Toronto Star
  • 1998年春 - American Go Journal
  • 1998年8月10日 - Publisher's Weekly
  • 1998年10月12日 - Newsweek
  • 2005年6月13日 - Times Union
  • 2005年7月17日 - Hartford Courant

参考文献[編集]

  • Films on the Campus, Thomas Fensch, A.S.Barnes, 1970.

外部リンク[編集]