ティム・スコルド
| ティム・スコルド Tim Sköld |
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|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生名 | Tim Sköld |
| 出生 | 1966年12月14日(46歳) |
| 出身地 | ヴェストラ・イェータランド県 ショーヴデ |
| 担当楽器 | ギター ベースギター シンセサイザー |
| 活動期間 | 1988年 - 現在 |
| レーベル | Interscope Records |
| 共同作業者 | ショットガン・メサイア マリリン・マンソン KMFDM |
| 公式サイト | skold.com |
ティム・スコルド(Tim Sköld、1966年12月14日 - )は、スウェーデンで生まれのミュージシャン。スウェーデンのバンドショットガン・メサイアの元メンバー、アメリカのロックバンドであるマリリン・マンソンの元プロデューサー及び元メンバー、ドイツのインダストリアル・バンドKMFDMの元メンバーである。
目次 |
経歴 [編集]
生い立ち
1966年12月14日、スウェーデン生まれ。家族はセミプロのドラマーとして名を残そうとする父、母、姉のリンダ。父の影響もあってか11歳で、ティムはバンドに入る事を希望する。そしてバンドに加入後バックでカセットテープをかけて、学校で演奏した。しかしこのバンドは遊びで作ったようなものであり、実際本格的なバンドに加入したのは13歳の時である。。大晦日のパーティにて、後にショットガン・メサイアを一緒に結成する事となる、ギタリストハリー・コーディ(Harry K. Cody)に出会う。当時から彼らの夢は「渡米してロックスターになること」であった。
17歳でProcess Engineeringを全寮制の学校に入学して勉強、その2年後アパートを借りて引越し、軍備を製造している工場の仕事を引き受ける。そして半年後、軍に徴兵される。しかし音楽に対する情熱は深く、深夜にベース・ギターを持ちシャワー室に忍び込んで隠れて練習をしていた。徴兵制を終えた後も、週末にはハリー・コーディとリハーサルを重ね、軍から庭師などの細かな仕事を貰って暮らしていた。
そしてハリー・コーディとKing pin(Shotgun Messiahの前身)を結成。当時の芸名はTIM TIM(ティム・ティム)である。デビュー・アルバム「Welcome To Bop City」をスウェーデンにてヒットさせ、更なる飛躍を求めて渡米する。
Shotgun Messiah時代
渡米後既にサンフランシスコに拠点を置くバンドがKing pinという名前の権利を保持していた為King pinからショットガン・メサイアへとバンド名を変更。「Welcome To Bop City」をリミックスし、名前をバンド名である「Shotgun Messiah」に変更して再度発売する。しかしアメリカではこのアルバムはヒットせず、ボーカルを務めていたジニー・J・サンが脱退。現在の形で本名であるティム・スコルドへと名前を変え、ボーカルに転身する。そして発売した2ndアルバム「Second Coming」はメディアにも受け入れられショットガン・メサイアが出した中では最も売れたアルバムとなったが、爆発的なヒットせずにティムとハリー以外のメンバーが抜けてしまう。諦めずにハリーと3rdアルバム「Violent New Breed」を発売するがヒットはせず、ショットガン・メサイアを解散する。
Skold時代
Shotgun Messiahの解散後、自身のソロ・プロジェクト「Skold」を立ち上げる。ショットガン・メサイア時代はハリーが主に作曲を手がけていたが、このプロジェクトではティム自身が作詞・作曲・全ての楽器の演奏を行い、バンド名と同名のアルバム「Skold」を発売する。またこのソロ・プロジェクトの間、複数のバンドのためにリミックスしている。そしてスタジオで、KMFDMのサシャ・コニエツコ(Sascha Konietzko)と出会う。2002年、新しいアルバムの為のデモテープを作り上げるが、ツアーバスから盗まれネット上で不正に公開された。このデモテープの収録曲はDead Godを含む6曲であり、未だ残りの4曲は公開されていない。
KMFDM、MDFMK時代
97年のアルバム「SYMBOLS」に自身の曲をリミックスして参加、99年のアルバム「ADIOS」にて正式メンバーとなる。全ての曲の製作に関わり、KMFDMの創始者でもあるサシャ・コニエツコとの共同ボーカル、共同作詞、ベーシスト、プログラマーなどをこなした。このアルバムでは自身の音楽性がより濃く現れ、テクノサウンドのようなインダストリアル色が強まった為に批判するファンも少なくなかった。 99年、ティムはサシャとKMFDMの活動を停止させ、女性ボーカリストであるルチア・シファレーリ(LUCIA CIFARELLI)を交えてMDFMKを結成する。ルチアの前のバンドでの方向性からKMFDMより未来的なサウンドになり、作り上げたアルバム「MDFMK」では自身を含むメンバー3人全員がボーカルをしている。2年後、3人はMDFMKの名前をKMFDMに戻しアルバム「Attak」をリリース。
Marilyn Manson時代
マリリン・マンソンがカバーした曲である「Tainted Love」の収録にプロデューサーとして関わり、それをきっかけにマリリン・マンソンに音楽性を気に入られ、映画「バイオハザードの曲を共同制作する。いくつかの曲が「バイオハザード」のサウンド・トラックに収録されている。その後もプロデューサーとして良好な関係を保ち続け、02年にマリリン・マンソンのベーシストであったトゥイーギ・ラミレズの脱退をきっかけにマリリン・マンソンに加入、ベース・ギターを担当することとなった。トゥイーギの脱退のきっかけは女性関係などの理由の他に、プロデューサーとして日々存在感を増してきていたティムの音楽性が気に入らなかった、と言われてもいるが真相は定かではない。
ベース・ギターの他にもアートワーク、エレクトロニクス、ドラムプログラミング等もこなし、マリリン・マンソン加入後、初のアルバムとなった「ゴールデン・エイジ・オブ・グロテスク」ではギター、キーボード、アコーディオン、及びシンセサイザーもこなした。 04年に発売されたベスト・アルバム「Lest We Forget」に収録された「パーソナル・ジーザス(Personal Jesus)」では、マリリン・マンソンのギター担当であったジョン5の脱退もありギターとバック・コーラスを担当。06年にはギターにポジション・チェンジし「ナイトメア・ビフォア・クリスマス」の「ディス・イズ・ハロウィン」をマンソンと共同制作でカバーした。07年にはアルバム「イートミー・ドリンクミー」をリリース。しかしこのアルバムは当時離婚問題や薬物問題で荒れていたマリリン・マンソン本人の感情が強く現れているアルバムである。
08年9月、トゥイーギのマリリン・マンソンへの復帰を理由に脱退した。友好的なものであり、今後再加入も有り得るとマイスペースにてマリリン・マンソン側が報告している。
現在
2009年にはKMFDMのSascha Konietzkoとの共作「Skold vs KMFDM」を発表。 KMFDMのアルバム「Blitz」に再びプログラマーとして参加している。 既婚者であり、二児の子供がいる。 一部でアヴリル・ラヴィーンのプロデューサーをしているとの誤情報が出回ったが、実際にはそのような事実はない。
音楽性・指向 [編集]
ショットガン・メサイア時代の曲はハノイ・ロックスやキッスのような正統派のメタルが主であった(というのも作曲はほぼハリー・コーディであった)。しかしナイン・インチ・ネイルズのようなインダストリアル・ロックの影響を受け、「Skold」にはそれが色濃く現れている。そして加入する前からマリリン・マンソンのファンでもあった。
マリリン・マンソンではその独特のキャッチーなサウンドが加わったことから、批判的な意見を彼に対してするファンも多い。しかし、マンソン本人は「ティムとは「Tainted Love」のカバーをやったときに知り合って、彼のビートやリズム、プログラミングに対する感性をとても気に入った。彼のことは最高のコラボレーターだと思っているよ。いわゆる一般的なプロデューサーだったらやらないような“違法”なことも、彼なら進んでやってくれるんだ」[1]と語っており、彼と作るサウンドを好んでいるようである。 また顔立ちが整っている事からマリリン・マンソンの女性ファンの中ではとても人気が高かった。
衣装は膝や腿が出ているものをよく身に付けている。MDFMK以前から見られていることから、彼自身の趣味であるとされている。 また、常に女装していたトゥイーギ・ラミレズの後任であることからか、(s)AINTのPVではウェディングドレスを身につけ女装、マリリン・マンソンとの絡みを見せている。しかしこれはトゥイーギもそうであるように、あくまでもPV撮影の為の行為であり、同性愛者ではない。King Pin時代にも女装を含む過激な格好をしていた。
ディスコグラフィー [編集]
King Pin
- "Shout It Out" (1987)
- Welcome To Bop City (1988)
Shotgun Messiah
- Shotgun Messiah (September 12, 1989)
- "Shout It Out" (1989)
- "Don't Care 'Bout Nothin'" (1990)
- Second Coming (October 22, 1991)
- "Heartbreak Blvd." (1991)
- "Red Hot" (1991)
- "Living Without You" (1992)
- I Want More (November 17, 1992)
- Violent New Breed (September 28, 1993)
- "Enemy In Me" (1993)
- "Violent New Breed" (1993)
Skold
- Skold (July 30, 1996)
- Neverland (1996)
- Dead God (2002)←ネット上に出回り非公開
- Anomie (2011)
KMFDM
- Symbols (September 23, 1997)
- "MDFMK" (January 27, 1998)
- Adios (April 20, 1999)
- "Boots" (February 5, 2002)
- Attak (March 19, 2002)
- Blitz (March 24, 2009)
MDFMK
- MDFMK (March 28, 2000)
Marilyn Manson
- Resident Evil Soundtrack (2002)
- "Mobscene" (April 22, 2003)
- The Golden Age of Grotesque (May 13, 2003)
- "This is the New Shit" (September 1, 2003)
- Lest We Forget: The Best of (September 28, 2004)
- "Personal Jesus" (October 4, 2004)
- "(s)AINT" (2004)
- "Heart-Shaped Glasses (When The Heart Guides The Hand)" (May 25, 2007)
- Eat Me, Drink Me (June 4, 2007)
- "Putting Holes in Happiness" (October 19, 2007)
Skold vs KMFDM
- Skold vs. KMFDM (February 24, 2009)
外部リンク [編集]
- Tim Skold Official Website
- KMFDM Official Website
- Marilyn Manson Official Website…※性的な表現や記述が含まれます。閲覧はご自身の責任で行ってください。