ジョージアナ・キャヴェンディッシュ (デヴォンシャー公爵夫人)

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「デヴォンシャー公爵夫人ジョージアナ」ジョシュア・レイノルズ画(1775年頃)

デヴォンシャー公爵夫人ジョージアナ・キャヴェンディッシュ英語表記:Georgiana Cavendish, Duchess of Devonshire、1757年6月7日 - 1806年3月30日)は、第5代デヴォンシャー公爵ウィリアム・キャヴェンディッシュの最初の妻。第6代デヴォンシャー公爵W・G・S・キャヴェンディッシュの母親。旧姓はスペンサー。初代マールバラ公ジョン・チャーチルの曾孫に当たる初代スペンサー伯爵ジョン・スペンサーの娘。姪に小説家キャロライン・ラムが、子孫には第12代デヴォンシャー公爵(但し女系子孫)、ヨーク公爵夫人セーラ(庶子イライザ・コートネイを通して)などがいる。ウェールズ公妃ダイアナは傍系子孫の一人。

目次

[編集] 生涯

ジョージアナは美人の誉れ高い社交界の花形であり、周りには大勢の文壇や政界の名士が集まって、大規模なサロンを形成していた。また彼女は女性参政権が認められる1世紀以上も前に、政治活動に身を投じていた。実家スペンサー家と婚家キャヴェンディッシュ家はどちらもホウィグ党員であり、国王ジョージ3世と大臣たちがパトロネジを利用して庶民院への影響力を強めると、ジョージアナもまたホウィグへの支持活動を展開した。特に彼女が支援したのは親しい従弟チャールズ・ジェイムズ・フォックスだった。1784年の総選挙の時、公爵夫人は「フォックスに投票した者には、もれなくキスを振る舞った」と噂され、トマス・ローランドソンの版画「デヴォンシャー、あるいは最も定評ある票集めの方法("THE DEVONSHIRE, or Most Approved Method of Securing Votes")」で風刺されることになった。

有名な逸話に、ある日公爵夫人が馬車から降りてきたところ、アイルランド人の掃除夫に「奥様、お願いします!あんたの眼で俺の煙草(パイプ)に火を付けて下さい」(おそらく性的なニュアンスを含んでいる)と言われたというものがある。彼女は賛辞を受けたいがために彼女を称賛するお世辞ばかり受けていたので、「この掃除夫の賛辞を受けた後では、他の全ての賛辞が霞んでしまうわ」と返したという。

[編集] 家庭

トマス・ゲインズバラによる肖像画、盗難に遭い長く行方不明になっていたが、ピンカートン探偵社によって発見された

ジョージアナは1774年6月6日、17歳の誕生日を迎える前日にデヴォンシャー公爵家の当主と結婚した。夫妻の結婚式はリチャード・ブリンズリー・シェリダンが執筆した劇「悪口学校」の中で風刺されている。公爵夫人は二人の娘ジョージアナ(1783年 – 1858年)とハリエット(1785年 – 1862年)、後継ぎ息子である第6代デヴォンシャー公爵ウィリアムの三人の子供をもうけたが、その前に多くの流産を経験している。長女ジョージアナは第6代カーライル伯爵ジョージ・ハワードと、次女ハリエットは初代グランヴィル伯爵グランヴィル・リーヴソン=ガウアーとそれぞれ結婚した。息子ウィリアムは生涯未婚のまま、子供なく没した。

ジョージアナは夫に自分の親友エリザベス・フォスターを紹介し、不倫関係に陥った彼女と夫との長年にわたる情事に耐えた。彼女自身、第2代グレイ伯爵チャールズ・グレイと不倫関係になり、彼との間に女児イライザ・コートネイを出産している。他方、デヴォンシャー公爵とエリザベス・フォスターの間には1男1女が生まれ、ジョージアナの死後に二人は結婚した。

[編集] ファッションと借金

ジョージアナは結婚生活や自らの破滅的な不倫関係、美貌とファッション・センス、政治活動などで有名だったのみならず、大のギャンブル好きとしても名が通っていた。彼女が死んだとき、彼女の実家も婚家も莫大な資産家であるにもかかわらず、彼女自身は借金まみれだったことが記録されている。彼女は1806年3月30日に48歳で亡くなった。死因はおそらく肝臓癌だった。ジョージアナはダービーのオール・セインツ教会に埋葬された。

公衆の眼にさらされていた時期、ジョージアナはトマス・ゲインズバラジョシュア・レイノルズに肖像画を描かせていた。フランス風の大きな帽子をかぶったジョージアナを描いたゲインズバラが描いた有名な絵は、長らく紛失状態にあった。この絵はロンドン・ナショナル・ギャラリーからアダム・ワースによって盗まれ、アラン・ピンカートンによってアグニュー・アート・ギャラリーに返却された。この作品は10年ほど前にサザビーズのオークションに出品され、第11代デヴォンシャー公爵アンドリュー・キャヴェンディッシュに落札されてチャッツワース・ハウスのコレクションに加えられた。彼女は同時代を生きたフランス王妃マリー・アントワネットとしばしば比較される。また、ウェールズ公妃ダイアナはジョージアナの弟である第2代スペンサー伯爵ジョージの直系子孫である。

[編集] その他

リチャード・ブリンズリー・シェリダンの劇作品『悪口学校』の一部でジョージアナの結婚に取材している。

[編集] 映画

[編集] 参考文献

  • Georgiana, Duchess of Devonshire, Amanda Foreman (1998) ISBN 0-00-655016-9
  • Georgiana Duchess of Devonshire, Brian Masters, Hamish Hamilton, 1981.
  • Georgiana, The Earl of Bessborough (editor), John Murray, London, 1955.
  • The Two Duchesses.., Family Correspondence relating to.., Vere Foster (editor), Blackie & Son, London, Glasgow & Dublin, 1898.
  • An Aristocratic Affair - The life of Georgiana's sister Harriet, Countess Bessborough, Janet Gleeson, 2006, ISBN 0593054873
  • Portraits of Georgiana by Gainsborough, Reynolds, Romney, Cosway and others.
  • Extra material not included in Amanda Foreman's book
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