ジェム・オズデミル

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オズデミル(2013年、ポツダムにて)

ジェム・オズデミル(Cem Özdemir、1965年12月21日 - )は、ドイツ政治家。所属政党は同盟90/緑の党トルコ系移民出身者としては初めてドイツ連邦議会議員に当選した。2008年より同盟90/緑の党共同党首。

経歴[編集]

バーデン=ヴュルテンベルク州バード・ウラッハに、トルコ人移民の2世として生まれる。18歳になった1983年にドイツ国籍を取得した。中等教育修了資格を得た後、教育者としての職業訓練を受ける。高等教育入学資格を得た後、ロイトリンゲンの社会学高等専門学校で社会教育学を学び、社会教育学士号を取得。1987年以降、教師やフリーのジャーナリストとして活動。オズデミルは政教分離主義のムスリムであり、アルゼンチン生まれのジャーナリストと結婚し二児をもうけた。

1981年、緑の党に入党。ルートヴィヒスブルクを拠点に政治活動に従事し、1989年から1994年までバーデン=ヴュルテンベルク州党代表部に属する。1994年にドイツ連邦議会選挙に初当選し、トルコ人移民出身者としては初めてドイツ連邦議会議員となった。1998年からは党議員団の内政スポークスマンに就任した。しかし2002年7月、広告代理店からの献金や公用でのマイレージポイントを私的に使用していることが報じられ、ドイツ連邦議会議員を辞職し、目前に迫っていた選挙にも出馬しないことを表明した。党からは候補として選出されていたため、制度上出馬を撤回出来ず選挙では再選されたが、当選を辞退した。

2004年、欧州議会選挙に出馬して当選、欧州緑グループ・欧州自由連盟に属した。議会では外交委員会に属し、CIAによる捕虜の違法拘束調査の臨時委員会、北キプロス調停グループ、EU=トルコ友好議連、反人種差別グループ、大西洋友好議連に属した。2007年にはシンクタンク「ヨーロッパ外交問題カウンシル」の共同設立者になった。同年、シュトゥットガルトでのゲイ・パレードのパトロンに就任。

2008年6月、オズデミルは緑の党党首選に出馬を表明した。対立候補が個人的理由から立候補を辞退したこともあり、11月の党大会で 79.2% の支持でクラウディア・ロート(再選)と共に共同党首に選出された(任期2年)。欧州議会議員を辞して臨んだ2009年ドイツ連邦議会選挙には、比例代表リスト入りを目指したものの党内投票に敗れたため、小選挙区でのみ立候補した。得票率29.9%と善戦したものの、ドイツキリスト教民主同盟の候補に敗れて落選した。

著書[編集]

外部リンク[編集]