クラウディア・ロート

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ロート(2014)

クラウディア・ベネディクタ・ロート(Claudia Benedikta Roth, 1955年5月15日 - )は、ドイツ政治家2004年より同盟90/緑の党党首を務める。

経歴[編集]

ウルム生まれ。バイエルン州バーベンスハウゼンで育つ。父は医師、母は歯科医であった。妹が二人。カトリック教会の洗礼を受けるが、女性の役割に対するカトリック教会の考え方に不満を持ち離脱している。クルムバッハのギムナジウムに通い、学級委員や生徒会長を務めた。1974年にアビトゥーアに合格し演劇学の勉強を始めるが、1年で中退。メミンゲンシュヴァーベン州立劇場で脚本家として働く。ついでドルトムントウンナの市立劇場に勤める。1982年にはロックバンド Ton Steine Scherben のマネージャーとなるが、2年後にこのバンドは解散した。

1971年に自由民主党の下部組織(1982年まで)だった Jungdemokraten に加入(‐1990年)。1987年、緑の党に加入。1985年から1989年まで、緑の党のドイツ連邦議会議員団報道官を務めた。1989年、欧州議会議員に当選。1994年から同議会で同盟90/緑の党議員団長を務め、市民の自由・内務委員会、外交委員会、特別調査委員会などに属する。EUトルコ委員会副委員長。1994年には同性愛者の権利を求める「ロート報告」可決に尽力。またトルコ国内の少数民族クルド人の権利擁護運動に尽力した。1994年にはイスタンブルに事務所を開設。トルコのアイワズ・ギョクデミル次官にトルコの人権状況を伝えようとしたところ「売春婦」と罵られたため、慰謝料を求めて法廷闘争を繰り広げ、勝ち取った慰謝料をトルコの婦人権利擁護団体に寄付した。トルコの EU 加盟には賛成している。

1998年、ドイツ連邦議会議員に当選。人権・人道支援委員会委員長を務める。党の婦人政策広報官も兼任。2001年5月9日、同盟90/緑の党党首に選出される。同盟90/緑の党は連邦議会議員の党首兼任を認めていなかったため、2002年9月の連邦議会議員再選を機に、2002年12月の党首選の候補に名乗り出なかった。2002年より連邦議会外交委員会委員代理。2003年の党大会で連邦議会議員と党首の兼任禁止が緩和されたため、2004年10月にラインハルト・ビュティコーファーと共に党首に選出された。2003年から2004年、ドイツ政府人権政策及び人道支援担当参与を務める。2005年の連邦議会選挙で再選し、2006年12月の党大会では66%の得票で党首続投が支持された。2008年11月にも82.7%の支持を得て、新たに選出されたジェム・オズデミルと共に党首に再選された。2013年からはドイツ連邦議会の副議長を務めている。

表彰[編集]

2004年6月30日、人権擁護や人道支援での活動を賞され、フランス政府よりレジオンドヌール勲章(騎士級)を授与されている。

語録[編集]

著書[編集]

  • Claudia Roth: Das Politische ist privat, Erinnerungen für die Zukunft Berlin 2006 ISBN 3-351-02635-8

外部リンク[編集]


先代:
レナーテ・キューナスト
同盟90/緑の党党首
2001年2002年
フリッツ・クーンと共同)
次代:
アンゲリカ・ベアー
先代:
アンゲリカ・ベアー
同盟90/緑の党党首
2004年
ラインハルト・ビュティコーファージェム・オズデミルと共同)
次代:
現職