ジェイコブ・ズマ

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ジェイコブ・ズマ
Jacob Gedleyihlekisa Zuma
Jacob Zuma, 2009 World Economic Forum on Africa-4.jpg

任期 2009年5月9日

南アフリカ共和国の旗 南アフリカ共和国
(アパルトヘイト後)
第3代副大統領
任期 1999年6月14日2005年6月14日
元首 タボ・ムベキ

任期 1994年2005年

African National Congress Flag.svg ANC
第13代議長
任期 2007年12月20日

出生 1942年4月12日(72歳)
南アフリカの旗 南アフリカ連邦 ナタール州ヌカンドラ
政党 アフリカ民族会議

ジェイコブ・ズマ英語Jacob Gedleyihlekisa Zuma1942年4月12日 - )は、南アフリカ共和国政治家アフリカ民族会議議長(第13代)、大統領(第11代)。ほかに副大統領(アパルトヘイト後第3代)、下院議員(3期)を歴任。

概要[編集]

ズールー人で、党内左派に位置する。副大統領時代に汚職疑惑によって罷免されたが、その後の無罪判決とともに2007年にANC議長に就任し、さらに2009年には大統領に就任した。

略歴[編集]

ナタール州(現:クワズール・ナタール州)出身。小学校5年で中退。父が死んだ後は、15歳で働き始めた。1959年、ANCの活動を初め、1963年に他の活動家とともに逮捕されロベン島に投獄される。

1975年に釈放されるとともに出国し、スワジランドモザンビークソウェト蜂起による亡命者の対応を行う。1977年ANCの全国委員会に所属し、1987年に南アフリカ政府の圧力でモザンビーグを追放された後、ザンビアで地下活動の指揮をとる。

1990年、ナタール州のANC議長に就任。アパルトヘイトの廃止後は、ズールー人の政治組織であるインカタ自由党との対話を開始し、暴力による対立を終わらせることに尽力する。1997年にANC副議長、1999年にタボ・ムベキ政権で副大統領に就任し、ポスト・ムベキの筆頭と目された。

しかし2005年、汚職疑惑を原因に副大統領を罷免され、下院議員も失職する。汚職容疑のほか、レイプ容疑で起訴されるが無罪判決を受け、2007年12月に58年ぶりに行われたANC議長選挙で現職のムベキを抑えて当選した。

2009年4月に行われた国民議会(下院)選挙でANCが6割以上の議席を獲得して勝利し、ズマ自身も議員となったため、ANC議長のズマが5月6日に下院で大統領に選出され[1][2]5月9日に就任した。

2014年3月19日、南アフリカの公的権力監視機関は、ズマ大統領が所有する邸宅に、巨額の公費を投じて「警備対策」の名目で、プールや来客用住居、円形劇場鶏舎家畜用のおり、プライベートの医療施設などが建設されたと発表した[3]。この問題は、2014年の南アフリカの総選挙に影響するかと見られたが、実際の5月9日の選挙結果ではズマが率いるアフリカ民族会議が62%を得て圧勝、ズマの2期目が確実となるなど、さほど影響しなかった[4]

人物[編集]

家族[編集]

一夫多妻の慣習にならい2010年までに5人の女性と結婚、3人の妻を持つ。結婚したのは順に

  1. シザケレ・クマロ(1973年結婚。子はいない)
  2. ンコサザナ・クラリス・ドラミニ=ズマ(子が4人。1998年に離婚。2010年現在内相として政権に加わっている)
  3. Kate Mantsho(子が5人。モザンビーク出身。2000年に自殺)
  4. ノンプメレロ・ントゥリ(2008年結婚。子が2人)
  5. トベカ・ステイシー・マディバ(2010年結婚。子が3人)

ほかにボンギ・ンゲマ(子が1人)と婚約中。認知している子は20人にのぼる。

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
カレマ・モトランテ
南アフリカ共和国の旗 南アフリカ共和国大統領
第11代:2009 -
次代:
(現職)
先代:
タボ・ムベキ
南アフリカ共和国の旗 南アフリカ共和国副大統領
(アパルトヘイト後)第3代:
1999 - 2005
次代:
プムズィレ・ムランボ・ヌクカ
党職
先代:
タボ・ムベキ
African National Congress Flag.svg ANC議長
第13代:2007 -
次代:
(現職)