オッターヴィオ・ファルネーゼ

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オッターヴィオ・ファルネーゼ
Milano - Castello sforzesco - Fontana, Annibale (1540-1567) - Ottavio Farnese - Foto Giovanni Dall'Orto - 6-jan-2007 - 02.jpg

オッターヴィオ・ファルネーゼ(Ottavio Farnese, 1521年10月9日 - 1586年9月18日)は、第2代パルマ公及びピアチェンツァ公(在位:1547年 - 1586年)。初代パルマ公ピエール・ルイージ・ファルネーゼと、妃ジェローラマ・オルシーニの次男として、ヴァレンターノで生まれた。祖父はローマ教皇パウルス3世、兄は枢機卿アレッサンドロである。

1538年に神聖ローマ皇帝カール5世の庶子マルゲリータと結婚した。フィレンツェ公アレッサンドロ・デ・メディチの未亡人であったマルゲリータは、この年若い花婿を非常に嫌った。しかし、1541年のアルジェでの軍事作戦でオッターヴィオが負傷して帰国すると、マルゲリータの嫌悪感が愛情に変わったという。1547年に父が暗殺されると、パルマ公国はフェランテ・ゴンザーガに占領されたため、失地回復がオッターヴィオの最初の仕事となった。

先代:
ピエール・ルイージ
パルマ公
1547年 - 1586年
次代:
アレッサンドロ