エマニュエル・ベアール
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| エマニュエル・ベアール Emmanuelle Béart |
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2010年 映画祭にて |
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| 本名 | Emmanuelle Béhart-Hasson | ||||||||||
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| 生年月日 | 1963年8月14日(48歳) | ||||||||||
| 出生地 | サントロペ | ||||||||||
| 国籍 | |||||||||||
| 配偶者 | ダニエル・オートゥイユ (1993 - 1995) | ||||||||||
| 家族 | 父:ギイ・ベアール(歌手) | ||||||||||
| 主な作品 | |||||||||||
| 美しき諍い女 ミッション:インポッシブル 8人の女たち 美しき運命の傷痕 |
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エマニュエル・ベアール(Emmanuelle Béart, 1963年[1]8月14日 - )はフランスの女優。サントロペ出身。
目次 |
[編集] 来歴
父親は歌手であり詩人のギイ・ベアール(Guy Béart。日本でも有名な歌「河は呼んでいる」(河は呼んでる)で知られる)、母親はイギリス生まれでモデル・女優だったジュヌヴィエーヴ・ガレア。レバノン人、エジプト人、ユダヤ人、イタリア人、ギリシャ人の血を引く。フランスを代表する演技派女優である。
1983年に映画デビュー。ハリウッド映画『天使とデート』では文字通りの天使を演じた。その後しばらくハリウッド映画界から距離を置いたこともあった。ブロンドの髪の毛、ブルーの目のイメージが強いが、本来の髪の毛の色はブルネットである。『美しき諍い女』ではほぼ全編をヌードで演じて話題になった。
人権保護活動に熱心であり、1997年には移民の権利擁護のデモに参加して逮捕されたこともある。1996年から2006年までの10年間、ユニセフのフランス代表親善大使であった。
俳優のダニエル・オートゥイユと結婚し1992年に長女を出産するが、のち離婚。1996年には音楽プロデューサーとの間に長男をもうけた。2008年8月に俳優のミシャエル・コアン (Michaël Cohen) と結婚している。
[編集] 主な出演作品
- 青い性 処女喪失/妖精たちのプレリュード 朝霧に香る甘い旋律 Premiers désirs (1983)
- 優しく愛して L'amour en douce (1985)
- 愛と宿命の泉
- PARTⅠ フロレット家のジャン Jean de Florette (1986)
- PARTⅡ 泉のマノン Manon des sources (1986)
- 天使とデート Date with an Angel (1987)
- エレベーターを降りて左 À gauche en sortant de l'ascenseur (1988)
- 深夜カフェのピエール J'embrasse pas (1991)
- 美しき諍い女 La Belle noiseuse (1991)
- 愛を弾く女 Un coeur en hiver (1992)
- L'enfer (1994) (Claude Chabrol)
- フランスの女 Une femme française (1995)
- とまどい Nelly & Monsieur Arnaud (1995)
- ミッション:インポッシブル Mission: Impossible (1996)
- 見出された時-「失われた時を求めて」より- Le Temps retrouvé (1999)
- 彼女たちの時間 La Répétition (2001)
- デブラ・ウィンガーを探して Searching for Debra Winger (2002)
- 8人の女たち 8 femmes (2002)
- Mの物語 Histoire de Marie et Julien (2003)
- かげろう Strayed (2003)
- 恍惚 Nathalie... (2003)
- 美しき運命の傷痕 L'enfer (2005)
- 三銃士 妖婦ミレディの陰謀 D'Artagnan et les trois mousquetaires (2005)
- 輝ける女たち Le Héros De La Famille (2006)
- DISCO ディスコ Disco (2008)
- 変態島 Vinyan (2008)
[編集] 脚注
- ^ “BEART Emmanuelle”. Les gens du cinéma. 2010年9月11日閲覧。 1965年という説もある。外部リンク参照。
[編集] 外部リンク
- Emmanuelle Béart - インターネット・ムービー・データベース(英語)
- エマニュエル・ベアール - 『海外映画俳優マガジン』内の情報