アントニー・ル・タレク
|
||||
|---|---|---|---|---|
| 名前 | ||||
| 本名 | Anthony Le Tallec | |||
| カタカナ | アントニー・ル・タレク | |||
| ラテン文字 | Anthony LE TALLEC | |||
| 基本情報 | ||||
| 国籍 | ||||
| 生年月日 | 1984年10月3日(27歳) | |||
| 出身地 | ||||
| 身長 | 184cm | |||
| 体重 | 73kg | |||
| 選手情報 | ||||
| 在籍チーム | ||||
| ポジション | FW / MF (OH) | |||
| 背番号 | 8 | |||
| 利き足 | 右足 | |||
| ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||
| ノートでこのテンプレートの色について意見を募集しています。 | ||||
アントニー・ル・タレク(Anthony Le Tallec, 1984年10月4日 - )は、フランス・モルビアン県・アンヌボン(en)出身のリーグ・アン・AJオセール所属のサッカー選手(フォワード、ミッドフィールダー)。
目次 |
[編集] 経歴
テクニックを備えた足元の捌きと裏への飛び出しに優れ、元フランス代表のロベール・ピレスと比較されることもある。そのピレスも彼のことを将来楽しみな選手だと評価している。
FIFA U-16世界選手権では準優勝、FIFA U-17世界選手権では優勝を成し遂げたフランスユース代表の中心選手として活躍した。多くのオファーが舞い込む中で、リヴァプールFCの監督ジェラール・ウリエから高い評価を受け、2003年にリヴァプールFCに移籍した。しかしながら、そのキャリアは順風満帆とは言えず、2003-04シーズンこそリヴァプールに留まったものの、その後長くレンタル選手としての日々が続いた。結局フェルナンド・トーレスら攻撃陣を強化したリヴァプールにもはや居場所はなく、2007年夏にル・マンUCへ移籍した。2009-10シーズンは36試合に出場して8得点を記録したが、18位でリーグ・ドゥ(2部)に降格した。2010年6月、AJオセールに4年契約で移籍した[1]。
[編集] 家族
従兄弟のフロラン・シナマ=ポンゴルは、ル・アーヴルACでのデビューやリヴァプールFCへの移籍が同時期だったため、常に比較される存在である。ボルシア・ドルトムントに所属するダミアン・ル・タレクは実弟である。
[編集] 所属クラブ
- 2001-2003
ル・アーヴルAC - 2003-2008
リヴァプールFC - →2004-2005.1
ASサンテティエンヌ (loan) - →2005.8-2006
サンダーランドAFC (loan) - →2006-2007
FCソショー (loan) - →2007-2008
ル・マンUC (loan) - 2008-2010
ル・マンUC - 2010-
AJオセール
[編集] 脚注
- ^ ル・タレクがオセールに移籍UEFA.com、2010年6月28日
|
|
|---|
|
1 ソラン | 2 アングバール | 3 ボリー | 4 グリヒティング | 5 ドゥドゥカ | 6 クリバリ | 7 シャフニ | 8 ル・タレク | 9 アッダ | 10 リカタ | 11 サハル | 13 ミシルー | 14 オリエク | 15 デル・ヴァレ | 16 ポンデメ | 17 ジェマー | 18 コントゥ | 19 サノゴ | 20 シディベ | 21 シセ | 22 セグベフィア | 23 ベルト | 25 コッソコ | 26 アカパンディエ | 27 トラオレ | 28 モリケ・カレ | 29 エンディンガ | 30 レオン | 33 マディバ 監督: フルニエ |
|
|||||||