リオ・アントニオ・マヴュバ
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| 名前 | ||||||
| 本名 | Rio Antonio Mavuba | |||||
| カタカナ | リオ・アントニオ・マヴュバ | |||||
| ラテン文字 | Rio MAVUBA | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1984年3月8日 | |||||
| 出身地 | アンゴラ沖公海上[1] | |||||
| 身長 | 171cm | |||||
| 体重 | 64kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム | ||||||
| ポジション | MF (CH) | |||||
| 背番号 | 24 | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| 代表歴 | ||||||
| 2004-2006 2004- |
U-21フランス |
9 (0) |
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| ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
リオ・アントニオ・マヴュバ(Rio Antonio Mavuba, 1984年3月8日 - )は、アンゴラ沖の公海上で生まれフランス国籍を保持するサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(センターハーフ)。クロード・マケレレ2世との評価を受けている。
目次 |
経歴 [編集]
出生 [編集]
父親はザイール代表として1974年の西ドイツワールドカップに出場したリッキー・マヴュバ(en)であり、母親はアンゴラ国籍である。アンゴラ内戦中、公海上を航行する船の上で生まれたため、彼のパスポートには出生地が記されておらず、ただ「海上で生まれた」(born at sea)とだけ記載されている[1]。母親は彼が2歳の時に死去し、父親は彼が14歳の時に死去したため、その悲しみを癒すためにサッカーを始めた[1]。彼はフランスで育ち、自身をフランス人であると認識しているため、2004年9月にフランス国籍が与えられた。
クラブ [編集]
FCジロンダン・ボルドーの下部組織で育ち、2004年1月のオリンピック・リヨン戦でトップチームデビューした。2007年7月3日、アレッシオ・タッキナルディを放出したリーガ・エスパニョーラのビジャレアルCFと移籍金700万ユーロ(約11億7000万円)で5年契約を結んだが[2]、2007-08シーズン前半戦は5試合しか出場できず、2008年1月にリールOSCにレンタル移籍した[3]。シーズン終了後に移籍金推定700万ユーロでリールOSCと4年契約を交わし、完全移籍を果たした。
フランス代表 [編集]
2004年、トゥーロン国際大会で大会最優秀選手に選出された。2004年8月18日、ボスニア・ヘルツェゴビナ代表戦でフランスA代表デビューした。2006年に出場したUEFA U-21欧州選手権では準決勝でオランダ代表に敗れたが、チームメイトのスティーヴ・マンダンダやジェレミー・トゥラランとともに大会ベストイレブンに選ばれた。2007年のビジャレアルCF移籍後はフランスA代表に招集されていなかったが、2012年8月15日のウルグアイ代表戦で5年ぶりに復帰した
所属クラブ [編集]
FCジロンダン・ボルドー 2003-2007
ビジャレアルCF 2007-
- →
リールOSC 2008.1-.6
タイトル [編集]
クラブ [編集]
FCジロンダン・ボルドー- クープ・ドゥ・ラ・リーグ 2007
リールOSC- リーグ・アン 2010-2011
- クープ・ドゥ・フランス 2010-2011
個人 [編集]
- UEFA U-21欧州選手権2006 大会ベストイレブン
脚注 [編集]
- ^ a b c Mavuba: born without a nationBBC Sport、2004年10月14日
- ^ ビジャレアル、MFマブバと契約ロイター、2007年7月5日
- ^ マブバ、ビジャレアルからリールへ期限付き移籍livedoorスポーツ、2008年1月23日
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