アメデオ・カルボーニ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
アメデオ・カルボーニ Football pictogram.svg
AmedeoCarboni.jpg
名前
ラテン文字 Amedeo CARBONI
基本情報
国籍 イタリアの旗 イタリア
生年月日 1965年4月6日(46歳)
出身地 アレッツォ
身長 180cm
体重 73kg
選手情報
ポジション ディフェンダー(左SB)
利き足 右足
代表歴
1992-1997 イタリアの旗 イタリア 18 (0)
テンプレート(ノート 解説)サッカー選手pj
ノートでこのテンプレートの色について意見を募集しています。

アメデオ・カルボーニAmedeo Carboni1965年4月6日 - )は、イタリアアレッツォ出身の元サッカー選手。選手時代のポジションはDFセリエAインテルナツィオナーレ・ミラノのアドバイザー。

[編集] 経歴

地元アレッツォでデビューを果たした後、幾つかのクラブを転々とし、1987-1988シーズンに所属したパルマにて初めてコンスタントに出場機会を得る。翌シーズンに移籍したサンプドリアでブレイクを果たし、さらにローマにて長く左サイドのレギュラーを務めた。この活躍が認められた形で、1992年、イタリア代表として初キャップを記録後、ローマ退団までの間に18キャップを記録する。

しかしながら、カルボーニの名を一躍有名にしたのはバレンシアでのプレーであろう。1997年、32歳と既にベテランに差し掛かっていた彼の挑戦は国外に及ぶ。豊富な経験を生かしたオーバーラップと、年齢を感じさせないスタミナはバレンシアにおいても不可欠なものとなり、不動の左サイドバックとして定着。更に、同リーグで活躍していたルイス・フィーゴを1対1で完全に封じることのできる唯一と言ってもいい選手であり、チームにとって非常に貴重な存在であった。タイトルこそ逃したものの1999-2000、2000-2001シーズンと連続してUEFAチャンピオンズリーグ決勝に進出、2003-2004シーズンのUEFAカップ優勝、そして2001-2002、2003-2004シーズンのリーガ・エスパニョーラ制覇と黄金期を築いたチームの精神的支柱として存在感を遺憾なく発揮した。欧州カップ戦の出場試合数は100を越え、UEFAカップの優勝によって欧州カップ戦史上最高齢で優勝を果たした選手という記録も保持している。引退前のシーズンこそ出場機会が減ったが、2005年10月23日には40歳6ヶ月と17日というドナトの持っていたリーガ最高齢出場記録を更新するなど、引退間際まで精悍にプレーした。2005-2006シーズン最終節にも出場し、41歳と41日で現役時代に幕を下ろしている。

引退後はバレンシアのスポーツディレクター(SD)に就任。しかし、自ら率先して獲得したイタリア人選手がチームに馴染むことなく次々と退団していき、また監督や数人の主要選手との対立が表面化していた。これが大きな要因となり、2007年、SDを解任されている。

2010-2011シーズンからインテルナツィオナーレ・ミラノの監督に就任した、バレンシア時代の恩師ラファエル・ベニテスに誘われ、インテルのアドバイザーに就任。

[編集] 選手経歴

個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語