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== 人物 == |
== 人物 == |
2009年4月29日 (水) 05:26時点における版
船木 勝一 | |
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プロフィール | |
リングネーム |
カン・フー・ナキ フナキ ショー・フナキ 船木 勝一 |
本名 | 船木 勝一 |
ニックネーム | スマックダウンNo.1アナウンサー |
身長 | 170cm |
体重 | 81kg |
誕生日 | 1968年8月24日(55歳) |
出身地 | 東京都葛飾区 |
所属 | WWE |
トレーナー |
アニマル浜口 藤原喜明 |
デビュー | 1993年12月5日 |
船木 勝一(ふなき しょういち、男性、1968年8月24日 - )は、日本のプロレスラー。東京都葛飾区出身。リングネームカン・フー・ナキとして、WWEのスマックダウンに所属している。
経歴
アニマル浜口トレーニングジム出身で、同ジムインストラクターの経験もある。低身長のため日本のメジャーなプロレス団体には入ることはできなかったが、1993年、日本のプロレス団体、プロフェッショナルレスリング藤原組にてプロレスラーデビューを飾る。
藤原組在籍時、石川雄規とタッグを組み新日本プロレスが主催したジュニア・タッグリーグ戦に参戦するが、メジャー団体の選手達の厳しい洗礼により、試合終了後の控室にて口から泡を吹き失神すると云うアクシデントに遭遇する。その後格闘探偵団バトラーツに参戦後、みちのくプロレスにも参戦し、TAKAみちのく・ディック東郷・MEN'Sテイオー・獅龍(現:カズ・ハヤシ)が結成した海援隊★DXに参加、ヒールとして暴れ回る。
1997年にWWE参戦(当時のリングネームは『ショー・フナキ』)。上記のメンバーと共に「KAIENTAI」(当時の海援隊DX)として活動していたが、2008年現在フナキがいるのみとなってしまった。そのWWEでは"ナンバーワン・アナウンサー"としてのキャラクターを確立。前座・中堅どころの要(かなめ)で、基本がしっかりしている上に大技まで使いこなせるので、レスラー達からはもちろんのこと、フロント・上層部から「確実に仕事の出来る職人レスラー」として絶大な信頼を得ている(エッジはブランクが空いた際の対戦相手としてよく指名するという)。また、新人に対するレスリング指導に対してもフロントから高い評価を受けている。また、これらのことの延長として、番組初登場レスラー相手のジョバーも多く務める。
こうしたことからWWE在籍期間はすでに10年を超えており、出入りの激しい同団体において異例の長さとなっている(実際、スマックダウン内ではジ・アンダーテイカー、トリプルHに次ぐ古株である)。2004年の日本公演前にはWWE・クルーザー級王座を獲得、チャンピオンとして母国への凱旋を果たした。
現在
2008年に入ってからは、SmackDown!のテレビテーピングのダーク・マッチでジョバーとして活躍している。 2008年2月のハウス・ショーで鼻骨骨折するが翌月に復帰。
2008年4月、東京・原宿で行なわれたレッスルマニア24パブリックビューイング・パーティにトリー・ウィルソンと共に登場。
2008年6月6日のSmackDown!のTVショーではバティスタとタッグを組み(8人タッグマッチ)、久々にメインイベントにも登場した。
2008年10月、Rトゥルースの一言がきっかけとなり、リングネームを「カン・フー・ナキ」に変更し、SmackDown!のTVショーにて空手衣を着たギミックで登場中。
2009年3月、右手に痺れと違和感があり、診察の結果、首の椎間板損傷と判明。4月に手術を受け、現在は戦線離脱中。
人物
- 「KAIENTAI」時代に口パクのマイクパフォーマンスに英語の吹き替えが当てられるギミックが与えられたが、フナキの台詞は「Indeed!!(さよう)」のみであった。
- ジョン・シナと公私で仲が良い。ジョン・シナのフィギュアが発売される際に、ジョン・シナがメーカーに頼んでフナキのフィギュアの発売を依頼した事もある。また、エッジとは同期(ややフナキが先)でこちらも大変仲が良く、エッジの復帰戦にエッジ自ら対戦相手として指名するほど絶大な信頼を受けている。
- 時々、WWEの許可を得てみちのくプロレスやKAIENTAI-DOJOに顔を出すが、権利の関係で放送できない。
- 現在はショーン・マイケルズらも住んでいるテキサス州サンアントニオに住居を構えている。住居をそこに構えた理由としては、「昔から大ファンのショーン・マイケルズの近所に住みたいと思っていたから。」と週刊プロレスのインタビューで語っている。また、近所ということもありショーン・マイケルズの40歳の誕生日パーティに招待され、牧場を貸し切ったスケールの大きさに驚いたという。
- 日本で活動していた頃には度々試合で使用していた技「ショーン・キャプチャー」を渡米後には封印しており、試合の流れで使ったとしても技名は「レッグ・ロック」と極めてポピュラーなものにしている。理由は「元々『勝一』の名前を格好良く捩って『ショーン』と名付けたんだけど、アメリカじゃショーンと言ったらショーン・マイケルズだから。」と、マイケルズに敬意を表す意味で使用していないとの事。
- 大物しか招かれないと言われたトリプルHの結婚披露宴に招かれている。
- 一男一女の父親でもあり、夫人はサンアントニオのショッピングモールに「B&Gクレープス」というクレープ屋を経営している。自身もたまにレジに立つそうである。ちなみにショップオリジナルTシャツもあり日本でも限定発売された。
- 「趣味は日焼け」と公言するほど肌をよく焼いている。元は黄色人種的な肌色だったが現在は褐色のボディーとなっている。
- スターバックスコーヒーの大ファンである。WWEのツアー中、行く先々で店に立ち寄りお気に入りのラテを飲むと発言している。とくに「パンプキンスパイスラテ」が好きとのこと。
得意技・必殺技
入場曲
- KAIENTAI
- Kung Fu San - 現在使用中
タイトル履歴
- WWE
- WWE・クルーザー級王座 : 1回
- WWE・ハードコア王座 : 1回(保持期間わずか30秒)
- UWA
- UWA世界ミドル級王座 : 1回
- TWA
- TWAヘビー級王座 : 1回