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2008年12月7日 (日) 08:27時点における版

小原 伊佐美(おばら いさみ、1944年2月15日 - )は、日本中央競馬会栗東トレーニングセンターに所属している調教師及び元騎手である。宮崎県出身。息子は小原義之

来歴

1961年京都競馬場坂口正二厩舎所属の騎手見習いとなる。

1962年、騎手免許を取得し、同厩舎より騎手デビューする。

1970年、京都競馬場(後に栗東トレーニングセンター)・内田繁三厩舎所属となる。

1977年、騎手を引退し、栗東・吉永猛厩舎所属となり調教助手に転身する。騎手成績は中央競馬通算1814戦174勝。

1979年、調教師免許を取得する。

1980年、厩舎を開業し、10月18日に阪神競馬場で管理馬が初出走し、ハンキツヨシが7着となる。

1981年、タマモコウリュウが3月28日に阪神競馬場で勝利を挙げ、管理馬が延べ51頭目で初勝利を挙げた。

1987年12月6日鳴尾記念タマモクロスが制し、管理馬が重賞競走初勝利を挙げた。

1988年4月29日天皇賞(春)をタマモクロスが制し、管理馬がGI競走初勝利を挙げた。さらに1988年度のJRA賞最多賞金獲得調教師を受賞した。

1990年9月24日に管理馬が地方競馬で初出走する。

2001年5月9日名古屋競馬場で行われた名古屋チャレンジカップ・ジュピター賞をユーコーフォエバーが制し、管理馬が地方競馬で初勝利を挙げた。

表彰

1988年

主な騎乗馬

主な管理馬

厩舎スタッフ

過去の所属者

清山宏明(当時騎手)

人物・エピソード

  • タマモクロスが藤森特別(当時400万下)を8馬身の圧勝し、一部マスコミから「菊花賞での関西の秘密兵器」と呼ばれたが、先を考えて菊花賞には出走させなかった。
  • 代表管理馬のタマモクロスをはじめ、タマモ株式会社が所有する競走馬を管理することが多い。
  • 管理馬には息子で厩舎に所属する小原義之を起用することが多く、父子で重賞を4勝している。

関連項目

先代
伊藤雄二1987年
JRA賞最多賞金獲得調教師
1988年
次代
小林稔1989年