渋沢史料館
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渋沢史料館 Shibusawa Memorial Museum | |
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施設情報 | |
正式名称 | 財団法人渋沢栄一記念財団付属渋沢史料館 |
専門分野 | 渋沢栄一の生涯と事績 |
管理運営 | 公益財団法人渋沢栄一記念財団 |
延床面積 | 本館:1,653.13m2 |
開館 | 1982年(昭和57年) |
所在地 |
〒114-0024 東京都北区西ケ原二丁目16番1号(飛鳥山公園内) |
外部リンク | https://www.shibusawa.or.jp/ |
プロジェクト:GLAM |
渋沢史料館(しぶさわしりょうかん)は、東京都北区西ケ原にある渋沢栄一の生涯と事績に関する博物館(登録博物館)。管理運営は公益財団法人渋沢栄一記念財団。飛鳥山公園内にある「飛鳥山3つの博物館」の一つ。
概要
[編集]1982年(昭和57年)11月15日に開館した[1]。渋沢栄一は遺言で旧渋沢家飛鳥山邸(曖依村荘)を財団法人竜門社(後の公益財団法人渋沢栄一記念財団)へ寄付したが、その利用を検討する中で栄一から家督を継承した敬三(栄一の嫡孫)が日本の近代化・産業化を担った人々を取り上げる「日本実業史博物館」の構想を発案したことに始まる[1]。この博物館構想は戦争の影響で実現しなかったが、収集した資料は国文学研究資料館に「日本実業史博物館準備室旧蔵資料」として保存されることとなった[1]。
1998年(平成10年)3月には新しい本館が開館し[2]、北区飛鳥山博物館及び紙の博物館とともに「飛鳥山3つの博物館」として飛鳥山公園に博物館ゾーンが設置された[3]。
2003年(平成15年)11月、渋沢敬三による「日本実業史博物館」構想を情報技術によって実現するため実業史研究情報センターが設置された[1]。
歴史
[編集]- 1931年(昭和6年)11月11日 栄一死去。旧渋沢家飛鳥山邸(曖依村荘)の土地と建造物が財団法人竜門社に遺贈される[4]。
- 1945年(昭和20年)4月13日 太平洋戦争時の空襲により建物の大部分を焼失
- 1946年(昭和21年) 財団名を渋沢青淵記念財団竜門社に改称
- 1982年(昭和57年) 渋沢史料館開館
- 1998年(平成10年)3月 本館新築開館
- 2003年(平成15年)11月 財団名を渋沢栄一記念財団に改称。初代理事長は渋沢雅英(栄一の曾孫、渋沢宗家3代目当主)
施設
[編集]隣接する紙の博物館・北区飛鳥山博物館と共に1998年に新築開館した、鉄筋コンクリート造の展示施設。1階に閲覧コーナーとミュージアムショップ、2階に常設展示室と企画展示室がある。リニューアル工事のため2019年(令和元年)9月1日から休館[5]、翌2020年(令和2年)11月19日にリニューアルオープンした[6]。
- 構造 - 鉄筋コンクリート造地上2階地下1階建
- 設計 - 株式会社佐藤総合計画
- 施工 - 清水建設株式会社
- 竣工 - 1997年
- 延床面積 - 1,653.13mm2
- 所在地 - 東京都北区西ヶ原2-16-1(飛鳥山公園内)[7]
アクセス
[編集]脚注
[編集]- ^ a b c d 井上潤、小出いずみ「めざせ文化資源館!-渋沢栄一記念財団付属渋沢史料館、実業史研究情報センターの新展開」『経営史学』第41巻第3号。
- ^ “沿革”. 公益財団法人渋沢栄一記念財団. 2024年3月8日閲覧。
- ^ “飛鳥山3つの博物館”. 東京都北区土木部道路公園課公園係. 2024年3月8日閲覧。
- ^ 正田実知彦、鈴木誠、服部勉、粟野隆「曖依村荘庭園の構成と意匠に関する復元的考察」『ランドスケープ研究』第74巻第5号、公益社団法人 日本造園学会、公益社団法人日本造園学会、379-382頁。
- ^ 渋沢史料館休館のお知らせ
- ^ 渋沢史料館リニューアルオープン
- ^ “国指定重要文化財/旧渋沢家飛鳥山邸 晩香廬/青淵文庫”. 公益財団法人渋沢記念財団 渋沢資料館. 2024年3月8日閲覧。
関連項目
[編集]- 渋沢栄一記念財団 - 運営団体
- 竜門社 - 渋沢栄一記念財団の前身
- 飛鳥山公園
- 旧渋沢家住宅
- 旧渋沢家飛鳥山邸
- 渋沢栄一記念館 - 渋沢栄一の出身地である埼玉県深谷市の市立博物館
- 渋沢栄一
- 渋沢敬三
- 渋沢雅英
外部リンク
[編集]- 渋沢栄一記念財団
- 飛鳥山3つの博物館
- 渋沢史料館 - artscape
- 渋沢史料館 - インターネットミュージアム
- 国指定文化財等データベース 重要文化財(建造物)旧渋沢家飛鳥山邸 晩香廬
- 国指定文化財等データベース 重要文化財(建造物)旧渋沢家飛鳥山邸 青淵文庫
座標: 北緯35度44分56.9秒 東経139度44分21.2秒 / 北緯35.749139度 東経139.739222度