ムパナティッギ

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ムパナティッギ
別名 Impanatigghi di Modica、impanatiglie、dolce di carne
発祥地 イタリアの旗 イタリア
地域 シチリア
主な材料 牛肉チョコレート、小麦粉、卵
Cookbook ウィキメディア・コモンズ
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ムパナティッギシチリア語'Mpanatigghi [注釈 1]、イタリア語化:impanatigliedolce di carne)は、イタリアのシチリア島ラグーサ県モーディカ特産の、ビスコッティ生地に牛肉チョコレートフィリングを詰め焼き上げた伝統郷土菓子[1][2]

形は半月状で、生地を焼く前に片側の「腹」に切れ目を入れ、「窓」から少し溢れ出る中身を見せるのが特徴。

起源 - 肉とチョコレートの組み合わせ[編集]

スペインの影響説[編集]

ムパナティッギの起源ははっきりしないが、シチリアがスペインの支配下に置れていた16世紀にそのスペインの影響によって発祥したと考えられている[1][2]。ムパナティッギの名前自体も、やはり半月形でスペイン語で「パン生地に包まれた」という意味のエンパナーダに由来していると考えられている[1][2]

同じ16世紀初頭にはクリストファー・コロンブスエルナン・コルテスが、彼らにとっては未知の食用可能な植物・作物を中米からスペインに持ち帰っており、その中にはカカオも含まれていた[3][4][5]。当初スペイン宮廷はカカオに興味を示さなかったが、同世紀の半ばごろに中米のケクチ・マヤ族の使節団がスペインを訪れカカオを使った飲料を伝えると、カカオは瞬く間にヨーロッパ中に広まったという[6][7][8]。その中には当時スペイン支配下のシシリア島も含まれており、数は少ないもののスペイン料理に時折見られる肉とチョコレートの組み合わせも伝わったのではないと考えられている[1][9][10]

お肉とチョコレートの甘い関係 - ウサギとチョコレートを使ったカタルーニャのコニラムショコラータ(Conill amb xocolata)

但し当時は肉と言ったら狩猟肉で、「チョコレート」は固形でなく液状だった[11][12]。なおイベリア半島には今でもキジ科の狩猟鳥を使ったPerdiz al chocolateやウサギを使ったConill amb xocolataカタルーニャ語)などの狩猟肉とチョコレートを組み合わせた料理が残っている[13][14]。牛肉を使ったものではピレネー山脈地方のシチューEstofado de Ternera a la Catalanaがある。これはcivet と呼ばれる中世から受け継がれているシチューの牛肉版で、civet自体は鹿やヨーロッパウズラなどの狩猟で得た食用可能な肉なら何でも使われてきた[15]。またcivetには元々豚の血が使われていたが、それがチョコレートに置き換えられたと言う[15]

修道院説[編集]

もう一つの説は、謝肉祭の翌日から復活祭の間の四旬節では敬虔なカトリック信者は質素な食事をすることが習わしで、特に肉を食することを禁じられていることから、当時のお菓子作りの技術に長けた修道女達が、質素な食事にもかかわらず町から町へと布教活動で移動を続けなくてはならない修道士を不憫に思い作ったことから始まったというものである。質素とは言い難いが四旬節中でも摂取を許されていたマジパンやチョコレートケーキ[注釈 2]を使いスパイスと共に、その時期禁忌である肉の存在をビスコッティの中に隠した栄養価の高いお菓子を修道士に与えた助けたと言うものである[1][16][17]

メッシーナ県パッテイではパスティッチョッティ・ディ・カルネ(pasticciotti di carne)という仔牛肉とアーモンド入りのお菓子が作られている

モーディカではないが、18世紀から19世紀初頭にかけて、同じシチリア島内のパレルモのオリグリオーネ修道院の修道女の作る「ドルチ・ディ・カルネ(dolci di carne)」やエンナ地方のマッツァリーノ・デル・エンネーゼ修道院の「パスティッチョッティ・ディ・カルニ・カ・チクーラッティ(pasticciotti di carni ca ciculatti[注釈 3]」はよく知られていた[18]。またメッシーナ県パッテイではパスティッチョッティ・ディ・カルネ(pasticciotti di carne[注釈 4]という仔牛肉とアーモンドのフィリングが入ったお菓子が今も作られている[19]。このパッテイのお菓子も元は修道院で作られていた[20]

狩猟肉消費説[編集]

更にもう一つの説は狩猟の過多で余り過ぎた肉をさばくために考え出されたとも言われている[17]。この方法は冷蔵保存の技術が無い時代にカカオと砂糖の効用で余った肉の長期保存を可能とし、かつチョコレートが鮮度が落ちた肉の臭みを隠してくれた[1][9][17]

材料[編集]

  • 生地 - 小麦粉(軟質小麦粉00番が望ましい)、砂糖、黄身、無塩バター(ラード)、レモンゼスト[1][21]
  • フィリング - 植物性油、脂身が多めの牛挽肉、アーモンド、果物の砂糖漬け、ビターチョコレート、卵白、卵、砂糖、塩、シナモンナツメグ[1][21]
  • 生地閉じ用 - 水で薄めた卵白
  • 仕上げ - 粉砂糖

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ Mの前にアポストロフィーが付くのは、その単語が"i"で始まるが、その"i"を省略していることを表している。しかし現在はそのアポストロフィーさえも付けることも無くなって来ている。イタリア語化した綴りが"i"で始まるのも参照されたし。
  2. ^ 前述のように当時は肉は狩猟肉で、「チョコレート」はまだ固形のものはなく液状だった。
  3. ^ パスティッチョッティはカスタードクリームやリコッタなどが詰まった平た目のカップケーキ状の焼き菓子。プッリャ州の銘菓だがシチリアでも作られる。Carni は肉、ciculattiはサルデーニャ語のチョコレートの意味で、肉とチョコレートのパスティッチョッティの意味になる。
  4. ^ パスティッチョッティはカスタードクリームやリコッタなどが詰まった平た目のカップケーキ状の焼き菓子。プッリャ州の銘菓だがシチリアでも作られる。Carni は肉で、肉のパスティッチョッティの意味になる。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h 'Mpanatigghi: i dolci siciliani a base di carne | Palermoviva” (イタリア語) (2021年9月3日). 2021年12月8日閲覧。
  2. ^ a b c Mpanatigghi | Traditional Cookie From Modica | TasteAtlas”. www.tasteatlas.com. 2021年12月8日閲覧。
  3. ^ Chocolate - All About Chocolate - History of Chocolate”. archive.fieldmuseum.org. 2021年12月8日閲覧。
  4. ^ Christopher Columbus' More Important "Discovery"” (英語). Voila Chocolat. 2021年12月8日閲覧。
  5. ^ Exploratorium Magazine: Chocolate: page 2”. www.exploratorium.edu. 2021年12月8日閲覧。
  6. ^ Exploratorium Magazine: Chocolate: page 4”. www.exploratorium.edu. 2021年12月8日閲覧。
  7. ^ Editors, History com. “History of Chocolate” (英語). HISTORY. 2021年12月8日閲覧。
  8. ^ Coe, Sophie D. (2013). The true history of chocolate. Michael D. Coe (Third edition ed.). London. ISBN 978-0-500-29068-2. OCLC 847481520. https://www.worldcat.org/oclc/847481520 
  9. ^ a b ‘i ‘mpanatigghi tra storie e leggende”. Link Sicilia (2012年2月16日). 2014年6月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年1月28日閲覧。
  10. ^ cuoco, Il (2021年2月22日). “'Mpanatigghi” (英語). 2022年1月28日閲覧。
  11. ^ 'Mpanatigghi: la storia dei dolci modicani ripieni di carne” (イタリア語). Tasting the World (2018年11月9日). 2022年1月28日閲覧。
  12. ^ Klein, Christopher. “Chocolate’s Sweet History: From Elite Treat to Food for the Masses” (英語). HISTORY. 2022年1月28日閲覧。
  13. ^ PERDICES CON CHOCOLATE” (スペイン語). abc (2004年8月7日). 2021年12月8日閲覧。
  14. ^ Lladonosa i Giró, Josep (2005). El gran llibre de la cuina catalana. Jaume Fàbrega (1. ed ed.). Barcelona: Salsa Books. ISBN 84-9787-131-6. OCLC 61130396. https://www.worldcat.org/oclc/61130396 
  15. ^ a b Nunca adivinarás el ingrediente secreto de este abundante estofado catalán”. www.deliciousrecipeslife.com. Saveur. 2021年12月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年12月9日閲覧。
  16. ^ Redazione (2017年9月10日). “Modica the sweet: chocolate, cubbaite, and 'mpanatigghi” (英語). Wine in Sicily. 2021年12月8日閲覧。
  17. ^ a b c Gli 'Mpanatigghi sono biscotti ripieni impanati Tipici Siciliani.” (英語). Viaggiamente (2014年3月19日). 2021年12月8日閲覧。
  18. ^ Quando la carne diventa un dolce - la Repubblica.it” (イタリア語). Archivio - la Repubblica.it. 2021年12月9日閲覧。
  19. ^ Komunicare (2020年1月15日). “A Patti i dolci con carne di vitellina, i pasticciotti di carne” (イタリア語). BellaSicilia.it. 2021年12月9日閲覧。
  20. ^ Galante, Nino (2013年9月18日). “Pasticciotti di Carne e Cardinali, le due specialità esclusive della pasticceria di Patti” (イタリア語). Caffè Galante. 2021年12月9日閲覧。
  21. ^ a b 'Mpanatigghi (Sicilian Chocolate-Meat Cookies)” (英語). Saveur (2018年11月28日). 2021年12月8日閲覧。

関連項目[編集]