黒い島のひみつ

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黒い島のひみつ
(L'Île Noire)
発売日1938
シリーズタンタンの冒険 (Les aventures de Tintin)
出版社カステルマン
制作陣
ライターエルジェ
アーティストエルジェ
オリジナル
掲載20世紀子ども新聞
掲載期間1937年4月15日 – 1938年6月16日
言語フランス語
ISBN2-203-00106-2
翻訳版
出版社福音館書店
発売日1983
ISBN1-4052-0618-7
翻訳者川口恵子
年表
前作かけた耳 (1937年)
次作オトカル王の杖 (1939年)

黒い島のひみつフランス語:L'Île Noire)は、ベルギーのイラストレーターエルジェによって描かれたコミック、タンタンの冒険シリーズの第7番目の作品で、主人公としてタンタンが登場する。白黒版として20世紀子ども新聞で1930年代の終わりに発表された。この作品は、1943年と1966年にも異なるバージョンが発表されている。

フランスでは、Le Mystère de l'avion gris(グレーの飛行機のミステリー)として雑誌Coeurs Vaillantsで1937年に初公開されている。

あらすじ[編集]

ベルギーの田舎道を散歩中、タンタンとスノーウィは一台の飛行機が不時着するところを目撃する。タンタンはその飛行機がナンバープレートをつけてないことを不審に思いつつ、修理を手伝おうと機体に歩み寄ったところ、パイロットに狙撃されてしまう。その後、病室へ見舞いにやって来た国際警察インターポール所属刑事のデュポンとデュボンから、その飛行機がイングランドサセックスに墜落したという情報を聞き、回復後、自らその件について調査することを決意する。

タンタンは、オーステンデからドーバーに向かうフェリーに乗るため、ブリュッセルから海岸へ向かう列車に乗車するが、同乗していた2人組の策略で暴行強盗濡れ衣を着せられ、居合わせたデュポンとデュボンに逮捕されてしまう。タンタンは、2人が眠っている隙を突いて逃亡し、辛くもイングランドに到着するが、列車で濡れ衣を着せた2人組に誘拐され、崖の上から突き落とされかけるも、スノーウィに助けられて事なきを得る。その後、飛行機の墜落現場に残された痕跡から、ミュラー教授という人物の屋敷へたどり着く。この男は、付き添いの運転手であるイワン、列車でタンタンに濡れ衣を着せた首領・ロンゾフと共に、ニセ札偽造団の一味であった。

タンタンは何度も格闘の末にミュラーとイワンを確保しようとするも、すんでのところで取り逃がしてしまい、必死に追いかける過程で乗り合わせた小型飛行機がスコットランドの田舎にて墜落し、服がボロボロになってしまう。タンタンは、親切な農民から貸してもらったキルトを身につけて、ミュラーたちの消息をつかむべくキルトッホという集落を訪れる。タンタンは、集落にある一軒のパブを訪れ、化け物が人間を食っていると言われる奇妙な黒島の話を耳にして、村民からボートを購入し、黒島へと向かう。

島に到着したタンタンは、途中で一匹のゴリラに襲われ、ボートも紛失して危機一髪に陥るが、島を探索した末に、島がロンゾフやミュラー率いるニセ札偽造団のアジトであったことや、噂にあった化け物の正体がそのゴリラであり、ゴリラの名前がランコーで、島に近付く者に恐怖心を抱かせて引き離すためにロンゾフたちが放し飼いしていたことを突き止める。

タンタンは、必死の格闘の末に偽造団一味を倒し、偽造団一味は無線機でタンタンからの通報を受けて駆け付けた警官たちにより逮捕され、彼らが仕組んだこれまでの犯罪の全てが明るみに出た。一方、ランコーは、タンタンとの格闘の最中に骨折しまい、凶暴な性格はすっかり鳴りを潜めていた。飼い主の逮捕で孤独となってしまったその身を案じたタンタンによりキルトッホへ連れ戻された後、ランコーはグラスゴー動物園で新たな人生を歩むのであった。

作品の変遷[編集]

黒い島のひみつは、フランス語版では、1937年、1943年、1966年の3つの異なるバージョンが出ている[1]

1937年 - 1938年版[編集]

最初のバージョンは、1937年4月15日から1938年6月16日にかけて、20世紀子ども新聞にて白黒の漫画作品として連載されているが、後のバージョンでは、いくつかの場面や台詞が割愛あるいは修正されている。

  • タンタンはブリュッセルからロンドンへ列車で向かい、オーステンデは港として触れられていることから、フェリーに乗船したことが推測されている。タンタンがベルギー在住であることは、後のカラー版から明言されている。1966年版では、ブリュッセル経由でケルンからロンドンへ向かっている。
  • 崖の上の事件では、タンタンは、ロンゾフと彼の仲間を追っており、銃を持つイワンに撃たれるのみである。タンタンは撃たれるのを防ぐために水に潜っている。
  • タンタンがパイロットの衣服が木に隠されていたのを発見する場面では、彼は革スーツで結婚に気づき、乗っていた1人が不時着時に負傷したと信じることになる。彼はこれは重要な手がかりであると考えるが、負傷した乗組員は、物語中では触れられていない。
  • イワンとミュラーは、2人の機関士を襲った後、その機関車を残していったように描かれている。イワンは驚くが、ミュラーは手がかりを残していったほうがいいということを保証する。

1943年版[編集]

1943年にはカラー版が出版。これは本来の白黒版と似ているが、いくつかの場面は割愛又は変更されている。主な変更点に、上記のようなものがある[2]。最初のバージョンは120ページ分あったが、2番目のバージョンは、戦時の紙不足により、2分の1ほどの62ページとなった。

白黒版と同じく、冒頭のコマには散歩するタンタンとスノーウィの写真が記載された新聞記事が描かれており、島のことを含むロンドンからの記事も描かれている。

1966年版[編集]

『黒い島のひみつ』が英国で1966年に出版が決まった際、エルジェの英国の出版社・メシューエンは、同作における英国の描写が不十分だとして、エルジェに1960年代に内容を改め、もう一度編集するように依頼した。その結果生まれた改訂版は、現在最も一般的に読むことが可能なバージョンである。

当時、エルジェのアシスタントであったボブ・ド・ムーアは、様々な角度から写真を撮影し、資料を集めるため、英国へ派遣された。ド・ムーアは、スコットランド警察の制服も入手し、終盤のコマでの報道写真でタンタンと写っている制服警官の制服のデザインが変更されており、制服警官たちの名字も、オリジナル版でのオフィサー・エドワーズ、ジョンソン、ライト及びオーレリーから、マクレガー、スチュアート、ロバートソン及びマクラウドと、よりスコットランド風なものに変更されている。

それ以外の変更点はそれほど正確でもなかったが、タンタンとスノーウィが乗り込んだ貨物列車に描かれているウィスキーのブランドも、スコットランドの実際の商標であるジョニー・ウォーカーから、『タンタンとピカロたち』など他のエピソードでもたびたび登場する架空のウィスキー・ロッホ・ローモンドに変更されるなど、シリーズにふさわしいものに修正されている。また、列車も蒸気機関車から22形電気機関車に変更されている。

物語の舞台も、1930年代から60年代に変更されており、自動車や飛行機のモデルも同時代であった1960年代のものに変わっている。消防士の手で引かれた消防用ホースは、デニスの消防車へと変わっている。偽造された1ポンド札も、5ポンド札や50〜100フランと入れ替わっている。

ミュラーとイワンによってハイジャックされるフランス国鉄141R形1244号蒸気機関車は、D16形のディーゼル機関車に変えられる。また、タンタンが飛び降りる、貨物列車を引くグレート・ウェスタン鉄道6100形6106号蒸気機関車は、42形ディーゼル機関車と変えられている。

この作業の多くはド・ムーアによって行われたが、飛行機はロジェ・ルルーが担当した[3]。また、ミュラーの屋敷の中などの場面では背景がより詳しく描かれ、タンタンの服装も茶色のスーツから青いセーターになるなど、他の服装も含めて修正されている。

1966年のバージョンでは、暴力的なシーンが修正されており、拳銃を使用する場面も以前の版と比べて削除・修正されている。また、旧版では、タンタンが木の上からミュラーの車に飛び乗る前に銃を持ちながら走っており、警察部隊も偽造団を逮捕する際に武装して描かれていた。

オリジナル版では、タンタンが通過するトラックに向かってジャンプする際にスノーウィーの耳を引っ張ったり、タンタンがミュラーの衝突した車を見に降りるときにスノーウィもうつ伏せで倒れるなど、スノーウィーが悲惨な目に遭うシーンが多かったが、1966年版では、BMC・ADO16に乗る場面に置き換えられている[4]

また、終盤で登場するマスメディアの記者たちの中に、1963年の『カスタフィオーレ夫人の宝石』にて初登場した「パリ・フラッシュ」誌のバッテリとリゾットの両記者がカメオ出演している。

しかし、一部の批評家からは、これらの修正によって漫画元来の魅力が失われているという批判も見受けられた[3]

カートゥーン・バージョン:1960年代[編集]

黒い島のひみつは、1960年代のテレビシリーズ・エルジェのタンタンの冒険旅行で用いられた作品の1つである。しかし、テレビでは内容が大きく変更された。最も大きな違いは、ハドック船長ビーカー教授が登場することである。原本では、このどちらのキャラクターも未登場である。さらに、ドクター・ミュラーもまた本とは異なる。フェリーと列車は飛行機に変更されている。このエピソードのVHS版は、本のカバーを使用しているが、タンタンの乗った飛行機が墜落するということはなく、そのために彼はずっと普段の服装のままである。

カートゥーン・バージョン:1991年[編集]

カートゥーン・バージョンでは、さらにストーリーが短くなっている。また、変更点もいくつかある。

  • 原作のイワンは登場しないが、ロンゾフの無名の部下がイワンと命名されている。
  • 原作でタンタンは、英国を電力列車で移動しているのに対し、このバージョンでは蒸気機関車を利用している。
  • 日本語版のキャスト一覧では、ロンゾフの名前が、単に「あごひげの男」と表記されている。

ゆかりの地[編集]

当時の時代とのつながり[編集]

1937年に黒い島のひみつが20世紀子ども新聞で公開されたとき、アルフレッド・ヒッチコック三十九夜(警察から追われる身となった無罪の男がスコットランドで真犯人を捜す)やキングコング(ランコー)のようなポピュラーな映画が反映されていた[3]

また、タンタンが地方の古いパブで話している場面も、当時の新聞を飾っていたネス湖のネッシーがもととなっている。ロバート・ケネス・ウィルソンの有名な『外科医の写真』は新聞で、この3年前に公開されていた。

タンタンが遭遇する偽造団も、様々なところから反映されている。

2010年3月19日、英国のテレビネットワーク、チャンネル4は、「ドン・ジョリーと黒島」というタイトルのドキュメンタリーを放送し、コメディアンのドン・ジョリーが黒い島のひみつの物語を演じた。

出典[編集]

  1. ^ History of the Black Island (黒島の歴史) - Tintinologist.org
  2. ^ Scans from the 1943 colour album (ドイツ語) [リンク切れ]
  3. ^ a b c d マイケル・ファー「タンタン:コンプレート・コンパニオン」(ジョン・マレー出版社、2001年)
  4. ^ http://ftp.cwi.nl/dik/strips/KUIFJE/island.30a.jpg
  5. ^ 2010年3月19日にチャンネル4にて放送された「ドン・ジョリーと黒島」
  6. ^ 1996年、ヴィシャス・マガジンのために書かれたガレン・エウィングによる「黒島の歴史」

外部リンク[編集]