高木正善

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高木正善

高木 正善(たかぎ まさよし、嘉永6年(1853年)9月 - 大正9年(1920年1月27日)は、河内丹南藩の第13代(最後)の藩主、明治維新後は子爵

生涯[編集]

丹南藩分家筋の大身旗本高木守庸の次男。正室は大河内輝聴(松平輝聴)の次女銑子。子は高木正得(長男)。官位は従五位下、肥前守。

先代藩主の正坦に嗣子が無かったため、その養嗣子となる。明治2年(1869年)11月18日、養父の隠居により跡を継いだ。明治4年(1871年)の廃藩置県で免官される。1884年(明治17年)7月8日、子爵を叙爵した[1]1897年(明治30年)7月、貴族院議員に選ばれる。大正9年(1920年)1月27日、または11月に68歳で死去した。墓所は東京都杉並区永福の栖岸院。

三笠宮崇仁親王妃百合子の祖父にあたる。

脚注[編集]

  1. ^ 『官報』第308号、明治17年7月9日。


日本の爵位
先代:
叙爵
子爵
丹南高木家初代
1884年 - 1920年
次代:
高木正得