雲仙市立神代小学校

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雲仙市立神代小学校
過去の名称 神代小学校
第五大学区第三中学区神代西村小学校
第五大学区第三中学区神代小学校
第五大学区第二中学区神代小学校
南高来郡神代部神代小学校
神代部公立神代小学校
神代部公立中等神代小学校
尋常神代小学校
神代尋常小学校
神代尋常高等小学校
神代村国民学校
神代村立神代小学校
国見町立神代小学校
国公私立の別 公立学校
設置者 雲仙市
併合学校 第五大学区第三中学区東昇小学校
設立年月日 1873年(明治6年)7月
共学・別学 男女共学
学期 3学期制
所在地 859-1303
長崎県雲仙市国見町神代丙250番地
外部リンク 公式サイト
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雲仙市立神代小学校(うんぜんしりつ こうじろしょうがっこう)は、長崎県雲仙市国見町神代丙にある公立小学校

概要[編集]

歴史
1873年明治6年)に神代村の旧藩校「神代学館」跡地に創立。2013年平成25年)に創立140周年を迎えた。
学校教育目標
「いかに社会が変化しようとも、自ら考え心身ともに健康で思いやりの心を持ってたくましく生き、未来への夢と希望を抱くことができる『神代っ子』の育成」
校章
中央に校名の「神小」の文字(縦書き)を置いている。
校歌
1948年昭和23年)に制定。作詞は吉富新一、作曲は伊藤英一による。歌詞は4番まであり、各番に校名の「神代小学校」が登場する。
校区
雲仙市国見地区(旧・国見町)の「山ノ上、楠高、東里、西里、上里、上古賀、下古賀、片田、小路、向町、川西、川東」。中学校区は雲仙市立国見中学校

沿革[編集]

  • 1871年(昭和4年)- 廃藩置県により島原県が発足。間もなく島原県は長崎県に統合される。
    • この年 - 佐賀藩(神代鍋島藩)の領地であった神代西村・神代東村・伊古村[1]・古部村[2]の4村が長崎県に移管される。
  • 1872年(明治5年)8月 - 学制が頒布される。
  • 1873年(明治6年)7月 - 旧藩校「神代学館」跡に「神代小学校」が開校。初代校長に中尾次郎が就任。
  • 1874年(明治7年)
    • 2月2日 - 神代西村に「第五大学区 第三中学区[3] 神代西村小学校」として長崎県に設置認可される[4]
    • 11月14日 - 神代東村に「第五大学区 第三中学区 東昇小学校」が開校[4]
  • 1876年(明治9年)11月 - 東昇小学校と玻璃小学校[5]を統合しそれぞれ東昇分校・玻璃分校とする。「第五中学区 第三中学区 神代小学校」に改称。
  • 1877年(明治10年)6月4日 - 学区改定により、「第五大学区 第二中学区[6]神代小学校」に改称。
  • 1878年(明治11年)
    • 4月 - 郡制の施行により、従来の高来郡が南北に分けられ、南高来郡の管轄となる。
    • 12月24日 - 学区が改正され、「南高来郡神代部[7]神代小学校」となる。
  • 1880年(明治13年)- 教育令の施行により、「神代部 公立神代小学校」に改称。
  • 1882年(明治15年)- 教育令の改正により、中等科を設置の上「神代部 公立中等神代小学校」に改称。東昇分校と玻璃分校を廃止。
    • この年 - 神代西村と神代東村が合併して神代村となる。
  • 1884年(明治17年)
    • 5月 - 女子分舎を設置。
    • 9月 - 女子分舎を統合。
  • 1886年(明治19年)9月 - 小学校令の施行により、「尋常神代小学校」に改称(修業年限4年)。
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、神代村立の小学校となる。
  • 1893年(明治26年)1月 - 小学校令の改正により、「神代尋常小学校」に改称(「尋常」の位置が変わる)。
  • 1908年(明治41年)4月1日 - 小学校令の改正により、義務教育年限(尋常科の修業年限)が4年から6年に延長されたため、尋常科5年を新設。
  • 1909年(明治42年)4月1日 - 尋常科6年を新設。
  • 1910年(明治43年)4月1日 - 高等科を併置し「神代尋常高等小学校」に改称(尋常科6年・高等科2年)。
  • 1911年(明治44年)4月1日 - 高等科2年修了者を対象に補習科(修業年限1年)を設置。
  • 1917年(大正6年)5月 - 神代村実業補習学校(修業年限2年)が併設される。尋常科修了後に高等科へ進学しない児童を対象とする。
  • 1923年(大正12年)3月 - 現在地に木造平屋建ての新校舎3棟が完成。
  • 1935年(昭和10年)- 青年学校令の施行により、併設の神代村農業補習学校が「神代村青年学校」となる。
  • 1941年(昭和16年)4月1日 - 国民学校令の施行により、「神代村国民学校」に改称。尋常科を初等科に改める(初等科6年・高等科2年・特修科1年)。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)が行われる。
    • 神代村国民学校の初等科が改組され「神代村立神代小学校」となる。
    • 神代国民学校の高等科および青年学校の普通科が改組され、新制中学校「神代村立神代中学校[8]」が発足(修業年限は3年で、義務教育となる)。
      • 中学校校舎が完成するまでの間、中学校が小学校校舎に併設される。
  • 1948年(昭和23年)
    • 7月 - 校歌を制定。
    • 4月 - 育友会「神代村神代会」が発足。
    • 10月 - 中学校校舎が完成。
  • 1952年(昭和27年)7月 - 中学校が分離したため、神代会が解散となり、「神代小学校育友会」が発足。
  • 1954年(昭和29年)8月 - 校庭を埋め立てる。
  • 1957年(昭和32年)
    • 3月 - 神代村が国見町に統合され、「国見町立神代小学校」に改称。
    • 5月 - 鍋島家より小学校旗が寄贈される。
  • 1958年(昭和33年)11月 - 完全給食を開始。
  • 1959年(昭和34年)
    • 3月 - 学校林を設定。
    • 5月 - 神代神社350年祭記念として鍋島文庫が寄贈される。
  • 1963年(昭和38年)9月 - 国旗掲揚台を設置。
  • 1964年(昭和39年)2月 - 学校前に防火用水が完成。
  • 1970年(昭和45年)3月 - 体育館が完成。体育館前のロータリー築山が完成。
  • 1971年(昭和46年)5月 - グランドピアノが寄贈される。
  • 1973年(昭和48年)11月 - 創立100周年記念式典を挙行。記念大運動会を開催。記念碑を建立。
  • 1974年(昭和49年)3月 - 鉄筋コンクリート造の新校舎(第一期工事)が完成。
  • 1975年(昭和50年)
    • 1月 - 新校舎(第二期工事)が完成。
    • 4月 - 給食を自校調理方式から給食センター調理配送方式に変更。
  • 1976年(昭和51年)
    • 3月 - 学校園が完成。
    • 8月 - プールが完成。
  • 1977年(昭和52年)4月 - 砂場が完成。
  • 1979年(昭和54年)12月 - 交通公園が完成。
  • 1980年(昭和55年)4月 - 上水道工事が完了。
  • 2005年(平成17年)10月11日 - 雲仙市の発足により、「雲仙市立神代小学校」(現校名)に改称。

交通アクセス[編集]

最寄りの鉄道駅
最寄りのバス停
最寄りの国道

周辺[編集]

  • 神代郵便局
  • JA島原雲仙神代支店・神代ふれあい市
  • 国見町武道館・神代地区多目的研修集会施設
  • 大神宮
  • 雲仙市歴史博物館国見展示館
  • みのつる展示館
  • 旧鍋島家住宅(国の重要文化財)
  • 神代小路
  • 神代神社

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 伊古村は1889年(明治22年)の町村制により西郷村に統合された後、1956年(昭和31年)9月に大正村との合併により「瑞穂村」、1969年(昭和44年)に「瑞穂町」となる。
  2. ^ 古部村は1926年(大正15年)7月に伊福村との合併により「大正村」となり、1956年(昭和31年)9月に西郷村との統合により「瑞穂村」、1969年(昭和44年)に「瑞穂町」となる。
  3. ^ 長崎区が第一中学区、旧大村藩が第二中学区、旧島原藩が第三中学区、旧平戸藩が第四中学区、旧福江藩が第五中学区。壱岐と対馬は第四中学区に属する。
  4. ^ a b 長崎県教育史(上巻)p.554 - 国立国会図書館近代デジタルライブラリー
  5. ^ 玻璃小学校についての詳細は不詳。
  6. ^ 長崎区が第一中学区、旧島原藩が第二中学区、旧大村藩が第三中学区、旧平戸藩が第四中学区、旧福江藩が第五中学区。
  7. ^ 第二中学区(南高来郡)は小浜部・隅田部・神代部・島原部の4部に分けられた。(参照:長崎県教育史上巻p.442 - 国立国会図書館 近代デジタルライブラリー)
  8. ^ 神代中学校は1962年(昭和37年)4月に多比良中学校、土黒中学校と統合され、国見中学校となった。

参考文献[編集]

  • 「国見町郷土誌」(1984年(昭和59年)3月30日, 国見町)p.885 -
  • 「国見町閉町記念誌 五十年のあゆみ」(2005年(平成17年)10月, 国見町役場企画情報課)
  • 「長崎県教育史(上巻)」(1942年(昭和17年)12月1日, 長崎県教育会)
  • 「長崎県教育史(下巻)」(1943年(昭和18年)9月25日, 長崎県教育会)
  • 「長崎県教育史 資料編」(1976年(昭和51年)11月1日, 長崎県教育委員会)
  • 「長崎新聞に見る 長崎県戦後50年史(1945~1995)」(1995年(平成7年)8月9日発行, 長崎新聞社)「国見町」

関連項目[編集]

外部リンク[編集]