金己男
金 己男(キム・ギナム、1929年8月28日 - )は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の政治家。朝鮮労働党中央委員会政治局員、党中央委員会書記局書記、党中央委員会副委員長、党宣伝扇動部長、朝鮮民主主義人民共和国国務委員会委員を歴任。金基南と表記することもある。2016年5月の朝鮮労働党第7次大会終了時点での党内序列は6位[1]。
最高人民会議常任委員会委員長である金永南の弟。
経歴[編集]
咸鏡南道永興郡に生まれる。万景台革命学院および金日成総合大学を卒業。ソ連のモスクワ国際大学へ留学。
朝鮮労働党に入党後、1976年4月に労働新聞社の責任主筆となる。1977年11月より最高人民会議代議員を務める。1980年10月の第6回党大会で中央委員に選出。1985年10月に党宣伝扇動部長に任命される。1992年12月、党書記に任命されて宣伝を担当。2001年9月には思想教育担当書記となる。
2009年8月18日に大韓民国元大統領の金大中が死去すると、北朝鮮は弔問団を韓国に派遣。金己男はその一員として8月21日から8月23日にかけて訪韓した。
2010年9月28日、第3回党代表者会議および中央委員会総会において党中央委員会政治局員・党中央委員会書記局書記に選出された。2011年12月に金正日の国家葬儀委員会のメンバーに選出されたときには党宣伝扇動部長を務めていたことが確認されている。金己男は、金正日の国葬時に霊柩車を囲んで歩いた8名の権力中枢人物のうちの一人だった[2]。
2015年4月9日に開催された最高人民会議第13期第3回会議の際には、主席壇ではなく一般席に着座していたため、大幅な降格が疑われたが[3]、その後復帰が確認され、同年12月30日に発表された金養建の葬儀委員名簿では、金正恩、金永南、黄炳瑞、朴奉珠に続く序列5位で記載された[4]。
2016年5月に開催された朝鮮労働党第7次大会で党中央委員会書記に代わって新設された党中央委員会副委員長に就任し[5]、これに続いて同年6月29日に開催された第13期最高人民会議第4回会議では、国防委員会に代わって新設された国務委員会の委員に選出された[6]。
2018年4月12日の朝鮮中央通信の報道により、前日に開かれた最高人民会議第13期第6回会議で、金正恩の提議により金が国務委員から解任されたことが判明した[7]。
出典[編集]
- ^ “【北朝鮮党大会】伝統の書記局が「政務局」に改称 書記は「副委員長」に”. 産経新聞 (2016年5月31日). 2016年6月1日閲覧。
- ^ <張成沢氏失脚説>金正日の霊柩車7人のうち軍人は全員姿消す…党員2人だけ残る 中央日報 2013年12月4日
- ^ 「最高人民会議後」の北朝鮮(下)「核心幹部」2人の動静に注目 Foresight 2015年4月22日
- ^ 北朝鮮の崔竜海氏が再び権力の中心に 東亜日報 2015年12月31日
- ^ “朝鮮労働党大会「設計図なき戴冠式」(4) 金与正「中央委員」人事の意味”. THE HUFFINGTON POST (2016年5月21日). 2016年6月1日閲覧。
- ^ “김정은, 당·국가 최고위직 겸직… 아버지 시대와 결별”. 国民日報 (2016年6月30日). 2016年6月30日閲覧。
- ^ 金正恩氏が最側近2人を解任…北朝鮮で最高人民会議 daily NK 2018年4月12日