逆鉾與治郎

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基礎情報
四股名 川内 元行→逆鉾 與治郎
本名 山口 元行→古田 元行
生年月日 (1942-06-07) 1942年6月7日(76歳)
出身 鹿児島県川内市五代町(現・薩摩川内市
身長 176cm
体重 90kg
BMI 29.05
所属部屋 井筒部屋
得意技 左四つ、突っ張り、出し投げ
成績
現在の番付 廃業
最高位前頭6枚目
生涯戦歴 181勝111敗15休(32場所)
幕内戦歴 24勝21敗15休(4場所)
敢闘賞1回
データ
初土俵 1962年7月場所
入幕 1963年5月場所
引退 1963年11月場所
引退後 相撲料理店店主
備考
2013年8月18日現在

逆鉾 與治郎(さかほこ よじろう、本名:山口 元行(やまぐち もとゆき)→古田 元行(ふるた -)、1942年6月7日- )は、鹿児島県川内市五代町(現在の薩摩川内市五代町)出身で、井筒部屋に所属した大相撲力士。最高位は東前頭6枚目(1963年7月場所)。現役時代の体格は176cm、90kg。得意手は左四つ、突っ張り、出し投げなど。

来歴・人物[編集]

中学校を卒業後、地元の県会議員・田中氏の紹介で井筒部屋へ入門し、1958年7月場所で初土俵を踏んだ。当初の四股名は、出身地の川内市に因んだ「川内」。

以来、順調に出世し、1962年7月場所で新十両に昇進。これを機に四股名を、「逆鉾」へ改めた。

その後、1963年5月場所で新入幕。同場所では、元大関若羽黒や後に横綱へ昇進する琴櫻を降すなど11勝4敗と大勝ちし、生涯唯一の三賞となる敢闘賞を受賞している。

左四つの体勢から内掛け、出し投げなど多彩な技を駆使し、持ち前の優れた運動神経も相俟って将来を有望視された。

しかし私生活が乱れた事もあり、女性問題(駆け落ち)を引き起こして同年秋の準場所開催中に井筒部屋から失踪。暫くして発見されたものの、11月場所前に自ら髷を切り落とし、21歳という若さで廃業してしまった。

現在は京都市内で、相撲料理店を営んでいる。

主な戦績[編集]

  • 通算成績:181勝111敗15休 勝率.620
  • 幕内成績:24勝21敗15休 勝率.533
  • 現役在位:32場所
  • 幕内在位:4場所
  • 三賞:1回
    • 敢闘賞:1回(1963年5月場所)

場所別成績[編集]

逆鉾與治郎
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
1958年
(昭和33年)
x x x (前相撲) 西序ノ口15枚目
7–1 
西序二段91枚目
6–2 
1959年
(昭和34年)
西序二段66枚目
7–1 
西序二段29枚目
3–5 
西序二段34枚目
6–2 
東序二段4枚目
4–4 
西序二段筆頭
5–3 
西三段目78枚目
5–3 
1960年
(昭和35年)
西三段目59枚目
7–1 
西三段目18枚目
5–3 
東幕下84枚目
7–1 
西幕下56枚目
2–5 
東幕下79枚目
6–1 
東幕下52枚目
4–3 
1961年
(昭和36年)
西幕下44枚目
5–2 
西幕下32枚目
6–1 
西幕下14枚目
3–4 
西幕下15枚目
4–3 
東幕下12枚目
3–4 
東幕下14枚目
3–4 
1962年
(昭和37年)
西幕下20枚目
5–2 
東幕下10枚目
5–2 
東幕下3枚目
5–2 
西十両18枚目
9–6 
東十両13枚目
8–7 
西十両9枚目
7–8 
1963年
(昭和38年)
西十両10枚目
10–5 
東十両3枚目
10–5 
西前頭14枚目
11–4
東前頭6枚目
7–8 
東前頭8枚目
6–9 
東前頭9枚目
引退
0–0–15
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴[編集]

  • 川内 元行(せんだい もとゆき、1958年9月場所-1962年5月場所)
  • 逆鉾 與治郎(さかほこ よじろう、1962年7月場所-1963年11月場所)

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 『大相撲人物大事典』(ベースボール・マガジン社刊)
  • 『戦後新入幕力士物語 第2巻』(著者:佐竹義惇、ベースボール・マガジン社刊)