近藤昌平

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近藤 昌平(こんどう しょうへい、1942年[1] - )は、日本実業家愛知県一宮市出身。洋菓子店のボンボヌール元社長。のち化粧品・健康食品の銀座・トマト会長[2]。異業種交流会「VAV倶楽部」会長[3]

1966年、日本初の宅配ケーキシステムを実現。看板商品のケーキの名称はファンシー。四角いスポンジケーキで生クリームを包んだ座布団型の四角いケーキで、1日2万個販売されていた[4]

名称こそバラバラだが、中部地方のケーキ屋では、ファンシーと同じ形をしたケーキが多数、販売されている[5]

人物・経歴[編集]

1961年、父の死去により、愛知県立一宮高等学校卒業と同時に家業の和菓子屋、萬寿堂を継ぐ[6]。1966年に日本初の宅配ケーキシステムを実現し、東海エリアにて会員数2万4千人の組織に成長させ、東京六本木に進出。日本初の無店舗商法という新たなビジネスモデルを構築し、完全受注経営の焼き菓子専門店を行った[7]

2000年には沖縄サミットにちなんで発行された2000円札の話題性にあやかり、アタッシュケース型の箱に入った「2000円札ケーキ」を発売。

和菓子屋だった父の時代よりの関係で、高松宮家葉山御用邸が新築された際、昭和天皇ご夫妻のダイヤモンド婚式の引き菓子を製作[8]

2002年、還暦と同時に後進に譲る。株式会社銀座・トマト会長に就任。

1980年1月より、異業種交流会「VAV倶楽部」を主催。各界の著名人が多数ゲストスピーカーとして登場している[9]

著書[編集]

編書[編集]

  • 『あらためていま 母を想う 2』かんき出版、1997年6月
  • 『あらためていま 母を想う 3』かんき出版、1999年5月
  • 『成功する人は、必ずお母さんを大切にしていた。』PHP研究所 、2019年4月

脚注[編集]

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  1. ^ 近藤昌平 人名辞典.PHP研究所. 2019年9月5日閲覧。
  2. ^ 株式会社銀座トマト”. 2019年9月4日閲覧。
  3. ^ 異業種交流会VAV倶楽部”. 2019年9月4日閲覧。
  4. ^ 東海テレビ”. 2019年9月5日閲覧。
  5. ^ IDENTITY名古屋”. 2019年9月4日閲覧。
  6. ^ 「逆境をバネに洋菓子へ大転換 近藤昌平(ボンボヌール・社長)」『跡継ぎの平成 2』 9頁.中部経済新聞社.1998年10月。
  7. ^ 『人間発見』〜時代を変革する50人〜. 日本経済新聞社. (1998年11月). 
  8. ^ “一足お先に2000円札ケーキ”. 読売新聞. (2000年1月31日) 
  9. ^ 過去のご講演者様”. 2019年9月5日閲覧。

外部リンク[編集]