赤旗勲章

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
赤旗勲章
Order of the red Banner OBVERSE.jpg
赤旗勲章
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦による賞
種別 単種
受章資格 ソ連国民
受章条件 長期間の軍務、もしくは戦闘時における英雄的行動
状態 廃止
歴史・統計
創設 1924年8月1日
最新(最後)
の授与
1991年
総授与数 581,300
序列
上位 十月革命勲章
同位 労働赤旗勲章
下位 スヴォーロフ勲章
Order of Red Banner ribbon bar.png
赤旗勲章の略綬
1918年-1924年の最初に制定された赤旗勲章、裏に赤い布がある。
初期の赤旗勲章を4つ身に着けている、ソビエト連邦元帥ヴァシーリー・ブリュヘル。
初期の赤旗勲章
赤旗勲章が装飾されている海軍旗。

赤旗勲章 (ロシア語: Орден Крaсного Знамени)は、ソビエト連邦が制定した初の軍事勲章全ロシア中央執行委員会英語版の命令によりロシア内戦中の1918年9月16日に制定された。レーニン勲章が1930年に設立されるまでは、ソビエト・ロシア及びソビエト連邦の最高賞だった。受賞者の戦場における並外れた英雄的行為、献身、勇敢をたたえるものである。勲章は個人だけでなく、部隊、都市、艦艇、政治的および社会的組織、および国営企業にも授与された。後年には戦闘への参加を必要とせず、公務が20年に達した時に、さらに30年に達した時にも再度授与された。

章の歴史[編集]

全ロシア中央執行委員会の命令によりロシア内戦中の1918年9月16日に制定された。[1]

最初の受賞は1918年9月28日[2]ヴァシーリー・ブリュヘルが受賞した。[3]2人目の受賞者はイオナ・ヤキールだった。[要出典]

ロシア内戦中には、各ソ連構成共和国および非構成共和国のソビエト共産主義政府の制定した同様の名前の勲章が存在していた。1924年8月1日の全ロシア中央執行委員会[4] の法令により、受賞にふさわしい赤軍軍人を対象とした全ソビエト共通の赤旗勲章が制定された。

その他の非軍事的な賞にも名称に「赤旗勲章」を使用したものがあった。例えば労働赤旗勲章は、科学、軍事(技術または兵站)、製造、農業における偉大な功績に授与された。

法令[編集]

赤旗勲章は軍事勲章であり、戦闘中の英雄的行為、または戦闘行動中の傑出した勇敢な功績を顕彰するものだった。[1]1930年4月5日[5]にレーニン勲章が制定されるまで、赤旗勲章はソ連最高(にして事実上唯一の)軍事勲章であった。第二次世界大戦中にはさまざまな名称(「軍事勇敢赤旗勲章」「海上勇敢赤旗勲章」など)で、極度な英雄的行為を行なった個人・部隊に授与された。レーニン勲章が時に非軍人や政治指導者にも授与されたのに対して、赤旗勲章は戦闘活動中の勇敢な行為にのみ授与されるという点で、赤旗勲章はある意味レーニン勲章以上に威信ある勲章であった。著名なソ連の指揮官はほぼ全員が赤旗勲章の受章者となっている。

勲章は個人だけでなく部隊全体にも与えられ、その場合、公式の部隊名の頭に「赤旗」が加わることになっていた。海軍の艦艇の場合は、特別な軍艦旗を掲げた。[4]

長期報国章[編集]

赤旗勲章は1944年から1958年までの間、軍、国家保安部、警察のいずれかに20年または30年奉職した者に対して、長期の国家に対する奉仕への恩賞として使用された。[4] しかし1957年9月14日のソ連最高会議幹部会の命令[6]は、一部の軍事勲章が本来の目的から外れて長期報国章として使われることで価値を減じていると指摘した。これにより1958年1月25日にはソ連国防相、内務相、国家保安委員会委員長の共同命令によって完全奉仕記章英語版が制定され、長期報国章としての使用は終わった。

説明[編集]

(右上写真)勲章は白いエナメルのバッジで、中心の赤い星の上に金色の鎌と槌があり、それを取り囲むように2本の金色のコムギの穂が配置されている。そして背景には交差する鎚、、松明、そして赤旗があり共産主義の標語である「ロシア語: Пролетарии всех стран, соединяйтесь!万国の労働者よ、団結せよ!)」という文字が書かれている。これを取り囲んでさらに2本の金色の穂があり、下部のキリル文字にはソビエト連邦を表す「エス・エス・エス・エル」(СССР)と書かれている。[4]2回目以降の受賞の場合、回数を示す銀色の数字を書いた白いエナメルの盾が表面下部に追加された。赤旗勲章をたとえば3回受章した人の場合、最初の記章、次に「2」の数字のある記章、次に「3」の数字のある記章を並べて着用した。

初期の赤旗勲章は衣類にそのまま着けられるよう記章の裏をネジで留める方式だった。1943年以降の型は、輪のついた標準的な五角形のマウントから紐で吊り下げられるようになっている。マウントは端に1.5mm幅の白のストライプ、中央に7mm幅の白のストライプの入った24mm幅の赤い絹のモアレリボンで覆われていた。[4]

赤旗勲章は正装時には左胸に着用され、ソ連の他の勲章と同時に着用する場合には十月革命勲章の次の位置に着用していた。[4]ロシア連邦の勲章と同時に着用する場合には、ロシア連邦の勲章が優先され上に着用される。[7]

代表的な受章者[編集]

個人[編集]

軍隊[編集]

個々の偉業[編集]

下記のとおり、赤旗勲章に値するのは外部の敵のみだけではなく、ソ連内部の敵に対しても、英雄的、勇敢な行動を行えば同じように授与された。

余談[編集]

関連項目[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b Decree of the All-Russian Central Executive Committee of September 16, 1918” (Russian). Legal Library of the USSR (1918年9月16日). 2015年10月5日閲覧。
  2. ^ Great Soviet Encyclopedia, 3rd edition, entry on "Блюхер", available online [1]
  3. ^ ロシア大百科事典 (2005) vol. 3, p. 618.
  4. ^ a b c d e f Decree of the All-Russian Central Executive Committee of August 1, 1924” (Russian). Legal Library of the USSR (1924年8月1日). 2015年10月5日閲覧。
  5. ^ Decree of the All-Russian Central Executive Committee of April 5, 1930” (Russian). Legal Library of the USSR (1930年5月5日). 2015年10月5日閲覧。
  6. ^ Decree of the Presidium of the Supreme Soviet of the USSR of September 14, 1957” (Russian). Legal Library of the USSR (1957年9月14日). 2015年10月5日閲覧。
  7. ^ Decree of the President of the Russian Federation of September 7, 2010 No 1099” (Russian). Russian Gazette (2010年9月7日). 2015年10月5日閲覧。
  8. ^ Якир Иона Эммануилович
  9. ^ http://www.stel.ru/stalin/Soviet_power_1919.htm - "November 27 The Presidium of the A.R.C.E.C. confers on J. V. Stalin the Order of the Red Banner for his services in the defense of Petrograd and selfless efforts on the Southern Front."
  10. ^ Prominent Russians: Nestor Makhno Russiapedia.rt.com

外部リンク[編集]