赤星勲章

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
赤星勲章
Order of the Red Star.jpg
赤星勲章(表側)
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦による賞
種別 単種勲章
受章資格 ソ連軍人
受章条件 戦時及び平時におけるソ連の国防と社会安全の確保に大きく貢献した
状態 廃止
歴史・統計
創設 1930年4月6日
初授与 1930年9月
最新(最後)
の授与
1991年12月19日
総授与数 3,876,740
Order redstar rib.png
赤星勲章の略綬
赤星勲章(裏側)
アフガニスタンで獲得した赤星勲章を3つ身に着けているアナトーリー・レーベジ英語版中佐
民間服に赤星勲章と共に他の章を身に着けている元アフガン従軍兵イーゴリ・ウラジーミロヴィチ・ヴィソツキー
最初に赤星勲章を3つ受章したアレクセイ・アナスターソヴィチ・ミコヤンロシア語版中将(画像は大尉時代のもの)
赤星勲章が描かれている1946年の60コペイカ切手
1944年 赤星勲章と赤軍連隊員の息子。

赤星勲章ロシア語: Орден Краснoй Звезды)は、ソビエト連邦勲章である。1930年4月6日[1]ソビエト連邦最高会議幹部会英語版の法令により設立され、1930年5月5日[2]のソビエト連邦最高会議幹部会の法令で規定された。この法律は、1936年5月7日[3]1943年6月19日[4]1946年2月26日1947年10月15日、1947年12月16日[5]、及び1980年3月28日[6]のソビエト連邦最高会議幹部会の法令第1803-X号により改正された。

法令[編集]

赤星勲章はソ連の陸軍海軍ソ連国境部隊英語版内務人民委員部保有軍の兵士に授与され、さらにはKGBのメンバーだけでなく、内務省付属の国内軍下士官と職員、部隊、軍艦、団体、企業、何らかの機関や組織に外国の軍人にも、以下の条件を満たした者に授与された。[6]

  • 戦闘時に優れた組織力と指導力を発揮し、我が国の軍隊を成功に導き、個人の勇気と勇敢さを示した。
  • 敵の部隊や編隊に対して甚大な死傷者や被害を出させ、作戦を成功させた。
  • 公共の安全及びソ連国境の安全を確保する上で優れた労務を行った。
  • 軍務中において、または生命の危険を伴う状況下において勇気と勇敢な行為を示した。
  • 平時において責任ある職務で優れた功績を収める、及びその他の特別任務で模範的な業績を残した。
  • 新装備の開発、あるいはその他ソ連の防衛力の強化に関係する業務において、戦闘及び政治的に優れた性能を発揮させ、軍隊の高い戦闘即応性を維持する上で大きく貢献した。
  • ソ連軍の訓練に使用される軍事科学と技術の発展に功績を残した。
  • 社会主義社会の防衛力を強化した功績を残した。[6]

赤星勲章は2等祖国戦争勲章の制定直後に制定されたが、ソ連の他の勲章の中では下位とされ右胸に着用されていた。[4]赤星勲章はロシア連邦の勲章か記章の存在下で着用した場合、ロシア連邦の勲章が優先される。[7]

長期報国章[編集]

赤星勲章は15年間、軍務、国家安全保障、警察のいずれかの職務についている人物を記するために1944年から1958年まで長期報国章として使用されていた。しかし1957年9月14日[8]のソ連最高会議幹部会の命令は、一部の軍事勲章が本来の目的から外れて長期報国章として使われることで価値を減じていると指摘した。これにより1958年1月25日にはソ連国防相、内務相、国家保安委員会委員長の共同命令によって完全奉仕記章英語版が制定され、長期報国章としての使用は終わった。

勲章の説明[編集]

赤星勲章は銀色の五芒星に赤いエナメルが塗られ幅が47mmから50mmある。表面の中央には、外套を着てライフル銃を携行している直立の兵士が配置されており、酸化銀の盾の縁に沿った細い帯状のレリーフには共産主義の標語である「ロシア語: Пролетарии всех стран, соединяйтесь!万国の労働者よ、団結せよ!)」が表記されており、兵士の下には「СССР(ソ連の略号)」と書かれた刻印がある。酸化銀の盾の下には鎌と槌がある。勲章を衣服に取り付ける時は、ボタンの糸をネジって取り付けた。[2]

勲章を着用していない場合は代わりとして、胸の左側に略綬を着用することができた。赤星勲章の略綬は両横が暗赤色で24mm幅のモアレ模様であり、中央には5mm幅の銀色の縞模様がある。[4]

主要な受賞者(一部)[編集]

赤星勲章は1000人以上に3回、150人以上に4回、15人以上に5回、5人以上に6回授与された。以下はこのような複数回受賞者の一覧の一部である。

6回[編集]

5回[編集]

4回[編集]

3回[編集]

2回[編集]

1回[編集]

部隊[編集]

出典[編集]

  1. ^ Decree of the Presidium of the Supreme Soviet of the USSR of April 6, 1930” (Russian). Legal Library of the USSR (1930年4月6日). 2012年3月27日閲覧。
  2. ^ a b Decree of the Presidium of the Supreme Soviet of the USSR of May 5, 1930” (Russian). Legal Library of the USSR (1930年5月5日). 2012年3月27日閲覧。
  3. ^ Decree of the Presidium of the Supreme Soviet of the USSR of May 7, 1936” (Russian). Legal Library of the USSR (1936年5月7日). 2012年3月27日閲覧。
  4. ^ a b c Decree of the Presidium of the Supreme Soviet of the USSR of June 19, 1943” (Russian). Legal Library of the USSR (1943年6月19日). 2012年3月27日閲覧。
  5. ^ Decree of the Presidium of the Supreme Soviet of the USSR of December 16, 1947” (Russian). Legal Library of the USSR (1947年12月16日). 2012年3月27日閲覧。
  6. ^ a b c Decree of the Presidium of the Supreme Soviet of the USSR of March 28, 1980 No 1803-X” (Russian). Legal Library of the USSR (1980年3月28日). 2012年3月27日閲覧。
  7. ^ Decree of the President of the Russian Federation of September 7, 2010 No 1099” (Russian). Russian Gazette (2010年9月7日). 2012年3月27日閲覧。
  8. ^ Decree of the Presidium of the Supreme Soviet of the USSR of September 14, 1957” (Russian). Legal Library of the USSR (1957年9月14日). 2012年3月27日閲覧。
  9. ^ Rhodes, Richard (1996). Dark Star - The Making of the Hydrogen Bomb. New York: Simon and Schuster. p. 93. ISBN 978-0684824147. 
  10. ^ Rhodes, Richard (1996). Dark Star - The Making of the Hydrogen Bomb. New York: Simon and Schuster. p. 388. ISBN 978-0684824147. 

外部リンク[編集]