谷ナオミ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
たに なおみ
谷 ナオミ
プロフィール
愛称 SMの女王
生年月日 1948年10月20日
現年齢 68歳
出身地 日本の旗 日本福岡県福岡市
公称サイズ(時期不明)
身長 / 体重 cm / kg
活動
デビュー 1967年
モデル: テンプレート - カテゴリ

谷 ナオミ(たに なおみ、1948年10月20日 - )は、日本の女優映画監督1960年代中期から1970年代にかけてポルノ女優として活動。また、監督としても1972年に『性の殺し屋』を製作している。芸名は谷崎潤一郎の「谷」と彼の作品『痴人の愛』のヒロイン「ナオミ」との組み合わせとされる。

来歴[編集]

福岡県福岡市出身。3歳の時に両親が離婚。母は家出し、さらに5歳の時に父にも捨てられ、親戚の家をたらい回しにされた。

18歳で上京し、翌1967年(19歳)、関孝二監督のピンク映画『スペシャル』でポルノ女優デビュー。同年・SM映画に出演。7年後の1974年(26歳)日活へ移動し、官能小説作家でのち”SM専門雑誌”『SMキング』も創刊する団鬼六関西学院大学卒業、妻は英語教師)原作の”伝説的SM映画”『花と蛇』に主演(以後『花と蛇』はシリーズ化されて40年間続き、女優・杉本彩や元グラビアアイドル小向美奈子らが主演を務めた)。その後も団鬼六原作のSM映画に数多く出演し、"日活ロマンポルノを代表するポルノ女優"となった。「初代SMの女王」と称され、谷ナオミの活躍によって、団鬼六のSM映画シリーズは日活映画の稼ぎ頭、”日活のドル箱”となった。谷ナオミは団鬼六と、プライベートでも”裸のつき合い”をする関係にあった。1978年(30歳)の『薔薇の肉体』での演技で、第2回日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞。

1979年(31歳)、一般男性と結婚してピンク映画を引退。引退発表直後、深夜番組『11PM』に出演。当時はSM映画とプライベートでのSMプレイの影響で、緊縛等をされ続けた両乳房に多数のシコリができていて、「私の体の限界だった」という。引退後は熊本で喫茶店経営などの事業を展開。1984年(36歳)から熊本市内でスナック「大谷」を経営していたが[1]2013年(65歳)店をチーママに譲り引退した。 プライベートでも生粋のマゾで、素人のSMマニア達がSMプレイを楽しむSMサークルを主宰し、テレビの深夜番組に出演してサークルが紹介されたこともある。

2011年5月16日(63歳)、港区増上寺で行われた団鬼六の告別式で弔辞を読んだ。

2013年8月30日(65歳)放送のTBS『爆報! THE フライデー』「アノ女優は今…壮絶人生初激白SP!」に出演した[2]

主な出演映画[編集]

  • スペシャル(1967、デビュー作)
  • 奴隷未亡人(1967)
  • 花と蛇(1974)
  • 生贄夫人(1974)
  • 怪猫トルコ風呂(1975)
  • 残酷・黒薔薇奴隷(1975)
  • お柳情炎 縛り肌(1975)
  • 黒薔薇昇天(1975)
  • 新妻地獄(1975)
  • 濡れた欲情・ひらけ!チューリップ(1975)
  • 犯す!(1976)
  • 濡れた壷(1976)
  • 奴隷妻(1976)
  • 花芯の刺青 熟れた壷(1976)
  • 夕顔夫人(1976)
  • 幼な妻 絶叫!!(1976)
  • 夕顔夫人(1976)
  • 悶絶!!どんでん返し(1977)
  • (秘)温泉 岩風呂の情事(1977)
  • 性と愛のコリーダ(1977)
  • 檻の中の妖精(1977)
  • 女囚101 しゃぶる(1977)
  • 幻想夫人絵図(1977)
  • 原作・団鬼六「黒い鬼火」より 貴婦人縛り壷(1977)
  • 原作・団鬼六 黒薔薇夫人(1978)
  • 原作・団鬼六「やくざ天使」より 縄地獄(1978)
  • 団鬼六 薔薇の肉体(1978)
  • 団鬼六 縄化粧(1978)
  • 団鬼六 縄と肌(1979)

脚注[編集]

  1. ^ 【あの人NOW!】谷ナオミさん 元日活ロマンポルノ「SMの女王」
  2. ^ 谷ナオミTV出演情報”. ORICON STYLE. 2016年11月1日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]