痴人の愛

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痴人の愛
Naomi
著者 谷崎潤一郎
発行日 1925年7月
発行元 改造社
ジャンル 長編小説
日本の旗 日本
言語 日本語
形態 上製本
公式サイト [1]
コード NCID BA63507044
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痴人の愛』(ちじんのあい)は、谷崎潤一郎長編小説カフェー女給から見出した15歳のナオミを育て、いずれは自分の妻にしようと思った真面目な男が、次第に少女にとりつかれ破滅するまでを描く物語。小悪魔的な女の奔放な行動を描いた代表作で、「ナオミズム」という言葉を生み出した[1]。ナオミのモデルは、当時谷崎の妻であった千代の妹・小林せい子である[2]。谷崎は連載再開の断り書きで、この小説を「私小説」と呼んでいる[3]

1924年(大正13年)3月20日から6月14日まで『大阪朝日新聞』に連載し、いったん中断後に雑誌『女性』11月号から翌1925年(大正13年)7月号まで掲載された[4]。単行本は同年7月に改造社より刊行された[5]

あらすじ[編集]

主人公・河合譲治による、7年前(足かけ8年前)から約5年間の回顧として書かれている。1924年(大正13年)の連載開始を基準とすると、1917年(大正6年)から1922年(大正11年)までとなる[6]。譲治とナオミの年齢(数え年)は、物語開始時点で28歳と15歳、実質的な終幕となる最終章1つ手前で32歳と19歳、エピローグ的に語られる最終章で36歳と23歳である。

河合譲治は独身の電気技師である。質素で凡庸で、何の不平も不満もなく日々の仕事を勤めていて、真面目すぎるが故に会社では「君子」といわれていたほどの模範的なサラリーマンであった。それに宇都宮生まれの田舎者で、人付き合いも悪く、その歳になるまで異性と交際した経験は一度もなかった。一応の財産もあり、醜い顔立ちでもなかった譲治がこの歳まで結婚しなかったのは、彼に結婚に対する夢があったからだ。それはまだ世の中を何も知らない年頃の娘を手元に引き取って、妻としてはずかしくないほどの教育と作法を身につけさせてやり、いい時期におたがいが好きあっていたら夫婦になる、という形式のものであった。

不思議な運命の巡り会わせで、彼は浅草カフェーでナオミ(正確には「奈緒美」だが作中では基本的に片仮名表記)という美少女に出会う。ナオミは混血児のような美しい容貌であったが、その頃は無口で沈んだところのある、あまり血色もよくない娘であった。実家も貧しかった。ナオミを気に入った彼は彼女を引き取り、大森に洋館を借りて2人暮らしを始める。

「友達のやうに」暮らそう、というのが最初の申し合わせだったので、2人はママゴト遊びのような生活を送る。寝室も別であった。稽古事をすることを約束させ、ゆくゆくはどこへ出ても恥ずかしくないレディーに仕立てたいと彼は計画していた。ところが彼の期待は次第に裏切られていった。彼が、頭も行儀も悪く、浪費家で飽きっぽいナオミの欠点を正そうとすると、ナオミは泣いたりすねたりして、結局のところは最後には彼のほうが謝ることになるのである。

そんなある日、彼が早く家に帰ってみると、玄関の前でナオミが若い男と立ち話をしているのにぶつかった。嫉妬の情にかられた彼はナオミに問いただすが否定される。しかし、ナオミが他にも何人もの男とねんごろなつきあいをしていることに気付き、本当に怒った彼はその男達との一切の付き合いを禁じ、ナオミを外出させないようにした。いったんナオミはおとなしくなったものの、また熊谷という男と密会していることが分かり、彼はとうとうナオミを追い出してしまう。

追い出してしまったものの、彼はナオミが恋しくて仕方がなくなる。無一文で出て行ったナオミを彼は心配でいてもたってもいられなくなったので、手を尽くして探してみると、ダンスホールで知り合った男性の家にとまり、豪華な服装をして遊び歩いていることを知る。これには彼もあきれ果ててしまった。

ナオミのことを忘れようとしている彼のところへ、ある日ふらっとナオミが現れた。荷物がまだ全部彼の家にあるので、それを取りに来たのだという。ナオミはそんなふうにして、ちょいちょい家にやってくるようになった。品物を取りに寄るというのが口実だが、なんとなくぐずぐずいる。日が経つにつれて、ナオミはますます美しくなってくる。あれほど欺かれていながらも、彼はナオミの肉体的な魅力には抵抗が出来ない。ナオミも自分の魅力が彼に与える力を充分に知っていて、次第に彼を虜にしてゆく。ついに彼はナオミに全面降伏をする。

会社を辞め、田舎の財産を売った金で横浜にナオミの希望通りの家を買い、2人は暮らすようになる。もう彼はナオミのすることに何も反対をしない。彼は、限りなく美しさがましてゆくナオミの肉体の、奴隷として生きていく。

映画[編集]

この作品は数回映画化されている。

1949年[編集]

スタッフ

キャスト

1960年[編集]

スタッフ

  • 監督・脚本 - 木村恵吾
  • 製作 - 武田一義
  • 企画 - 久保寺生郎
  • 撮影 - 石田博
  • 音楽 - 松井八郎
  • 美術 - 柴田篤二

キャスト

熊谷の名が、原作の「政太郎」から変更されている。

1967年[編集]

大映1967年、92分、カラー。

時代設定が現代(公開当時)に、ナオミの年齢が高めに変更されている。譲治とナオミが出会ったのは1966年で、そのときのナオミは18歳。物語開始時点ですでに譲治とナオミは同棲しており、そのときの譲治は31歳。(いずれもおそらく満年齢なので原作との比較には注意)

譲治が撮ったナオミのヌード写真が象徴的なアイテムとして多用される。

スタッフ

キャスト

派生作品[編集]

『谷崎潤一郎・原作「痴人の愛」より ナオミ』(東映1980年)104分、カラー。

「痴人の愛」をベースに、時代背景を現代にうつし、女豹のように狡猾で淫蕩なヒロイン“ナオミ”の愛と性と享楽を現代の新しい女性像として大胆に描いた。

スタッフ

  • 監督 - 高林陽一
  • 脚本 - 高林陽一・今戸栄一
  • 企画 - 高林陽一
  • 撮影 - 高村倉太郎
  • 音楽 - シルクロード
  • 美術 - 野尻均

脚注[編集]

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  1. ^ 「関西移住と美意識の変容」(アルバム谷崎 1985, pp. 32-64)
  2. ^ 「極彩色の悪夢」(アルバム谷崎 1985, pp. 18-31)
  3. ^ 小谷野敦『私小説のすすめ』(平凡社新書、2009年7月)p.24
  4. ^ 「谷崎潤一郎作品案内」(夢ムック 2015, pp. 245-261)
  5. ^ 「主要著作目録」(アルバム谷崎 1985, p. 111)
  6. ^ 「注解」(痴人・文庫 2003, p. 378)

参考文献[編集]