荏原神社

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荏原神社
Ebara jinja.JPG
所在地 東京都品川区北品川二丁目30-28
位置 北緯35度37分01秒
東経139度44分36秒
主祭神 高龗神
豊受姫之神
天照皇大神
須佐男之尊
手力雄之尊
社格 旧郷社
創建 和銅2年(709年
別名 南の天王社、貴布彌大明神
例祭 6月初旬の週末(天王祭)
主な神事 貴布禰祭
大酉祭
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荏原神社(えばらじんじゃ)は、東京都品川区北品川にある神社である。旧社格郷社。旧称を南の天王社、貴布彌大明神という。荏原神社は「南の天王」と呼ばれる[1]。また東海七福神の中の1社として恵比須を祀る。

祭神[編集]

以下の5柱の神を祀る。

歴史[編集]

和銅2年(709年)9月9日、大和国丹生川上神社より高龗神(水神)の勧請を受けて南品川に創建したのに始まる。

長元2年(1029年)に伊勢神宮より豊受大神・天照大神を勧請。

宝治元年(1274年)に京都祇園社(八坂神社)より牛頭天王を勧請。

康平5年(1062年)、源頼義義家は奥州安倍氏征伐に際し当社と大國魂神社に参蘢し、品川の海中で身を浄める(※このことより、現在でも大國魂神社の神職は例祭のくらやみ祭に際し当社に参詣してを行う)。

以降、源氏上杉氏徳川氏など多くの武家の信仰を受け、南品川の鎮守として崇敬さる。後に現在地に遷座。旧鎮座地には今も水神の貴布彌神社(きふねじんじゃ)があるように、もとは「品川貴船社」と称す。

明治3年に郷社に列した。

明治8年、品川貴船社の名を改めて、荏原郡の名をつけて「荏原神社」に改称。

祭事[編集]

9月に貴布禰祭、6月初旬に天王祭、11月に大酉祭(酉の市)が行われる。

天王祭[編集]

6月の天王祭は当社の例祭

天王洲沖で神面をつけた神輿が海に入る「御神面海中渡御」が行われる。これは、宝暦元年6月、品川沖の海面から牛頭天王の面が発見されたことに因むものである。「天王洲」の地名はこのことによるものである。天王洲は現在は埋め立てにより陸地になっており、当社の氏子地域になっている。

牛頭天王(須佐男之尊)が水神であることから、参加者をかっぱになぞらえ、「かっぱ祭」と俗称される。

脚注[編集]

  1. ^ 「年中行事事典」p101 1958年(昭和33年)5月23日初版発行 西角井正慶編 東京堂出版

外部リンク[編集]