臨川寺

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臨川寺
Rinsen-ji Temple140517NI1.JPG
所在地 京都府京都市右京区嵯峨天龍寺造路町33
山号 霊亀山
宗派 臨済宗天龍寺派
本尊 弥勒菩薩
創建年 1335年
開基 夢窓疎石
札所等 十刹
法人番号 3130005001127
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臨川寺(りんせんじ)は、京都市右京区にある臨済宗天龍寺派の寺院。山号は霊亀山。本尊は弥勒菩薩

由緒[編集]

もとは亀山上皇の離宮「亀山殿」の一部で「川端殿」と呼ばれていた。亀山上皇の叔母宮・昭慶門院が、ここで出家した後、後醍醐天皇の第一皇子・世良親王を養育した。

世良親王は女院の亡き後、北畠親房が乳父となったが、元徳2年9月17日1330年10月29日)、早世した。臨川寺に墓所がある。

元弘3年(1333年)、夢窓疎石が管領となる。

建武2年(1335年)、後醍醐天皇夢窓疎石を開基として建立。

経済的には、和泉塩穴庄、伊勢富津御厨、常陸佐都庄、同東岡田郷、同西岡田郷、嵯峨大井村などを寺領とした。

延元元年(1336年)、諸山に列せられる。

観応2年/正平6年9月30日1351年10月20日)、夢窓疎石は、この寺で入寂した。

文和2年(1353年)、足利尊氏が准十刹の官刹とする。

永和3年(1377年)、足利義満管領細川頼之の働きかけで臨川寺を京都五山に列する。

天授5年/康暦元年(1379年)、康暦の政変細川頼之が失脚した事により十刹に戻された。

元中3年(1386年)、京都十刹に列せられる[1]

江戸時代でも臨済宗の十刹に列せられ、江戸幕府から朱印状が与えられている。

中門正面には、足利義満が書いた「三会院」の額が掲げられている。

文化財[編集]

市指定文化財[編集]

臨川寺三会院
臨川寺中門
臨川寺中門三会院の額
  • 開山堂・客殿・中門

所在地[編集]

京都府京都市右京区嵯峨天龍寺造路町33

脚注[編集]

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  1. ^ (竹貫元勝「京都の禅寺散歩」雄山閣、1994年)ISBN 4-639-01245-4

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度0分53.2秒 東経135度40分43.5秒