臨川寺

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臨川寺
Rinsen-ji Temple140517NI1.JPG
所在地 京都府京都市右京区嵯峨天龍寺造路町33
山号 霊亀山
宗派 臨済宗天龍寺派
本尊 弥勒菩薩
創建年 1335年
開基 夢窓疎石
札所等 十刹
文化財 〈市指定 - 建造物〉
開山堂(三会院)、客殿、中門
法人番号 3130005001127
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臨川寺三会院
臨川寺中門
臨川寺中門三会院の額

臨川寺(りんせんじ)は、京都市右京区にある臨済宗天龍寺派の寺院。山号は霊亀山。本尊は弥勒菩薩天龍寺開山した国師夢窓疎石を祀る開山堂にして、通常非公開。

由緒[編集]

壇林寺の旧跡(現天龍寺の附近)に造営された亀山上皇の離宮「亀山殿」の別殿「川端殿」をその起源とする。川端殿を御所とした憙子内親王亀山法皇の皇女・昭慶門院)の薨去後、その遺領は生前憙子内親王が我が子同然に養育した世良親王後醍醐天皇の第二皇子)に授けられた。禅宗に帰依した世良親王は南禅寺住持仏徳禅師(元翁本元)[1]を開山として招き、川端殿に禅寺を創建しようとしたが、親王は21歳の若さで没し、その翌年には仏徳禅師も示寂したことから、父の後醍醐天皇1335年建武2年)に夢窓疎石を開山として臨川寺を建立したものである。

夢窓疎石は天龍寺建立以後、臨川寺に隠棲し同寺にて没したが、その遺身は臨川寺境内の霊堂(三会院の左後方)下に葬られ、その右方の世良親王と共に祀られている。

かつては門前(渡月橋~芹川橋間)に関門を設けて諸人の通行を禁止にするほど、国師入定の霊地として重要視された。現在も特別拝観を除き、通常は非公開となっている。

経済的には、和泉塩穴庄、伊勢富津御厨、常陸佐都庄、同東岡田郷、同西岡田郷、嵯峨大井村などを寺領とした。

江戸幕府から朱印状が与えられている。

寺格[編集]

文化財[編集]

市指定文化財[編集]

  • 開山堂 - 三会院(さんねいん)という。大正10年に本瓦葺きに改装、昭和31年に書院と共に解体修理されている。
  • 客殿
  • 中門 - 足利義満の筆「三會院」の額が掛かる。

所在地[編集]

京都府京都市右京区嵯峨天龍寺造路町33

脚注[編集]

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  1. ^ 夢窓国師の法弟。共に鎌倉の仏国国師に従い禅の修行に励んだ。
  2. ^ 竹貫元勝『京都の禅寺散歩』雄山閣、1994年。ISBN 4-639-01245-4

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 嵯峨教育振興会編『嵯峨誌』嵯峨教育振興会、1999年。

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度0分53.2秒 東経135度40分43.5秒