結城章夫

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結城 章夫(ゆうき あきお、1948年9月23日[1] - )は、日本の文部官僚

2005年から2007年まで文部科学事務次官を務めた。事務次官退任後は山形大学の学長に就任し、2014年まで務めた。

経歴[編集]

山形県村山市に生まれる[2]山形県立山形東高等学校から東京大学理科一類に進学し[2]1971年6月に東京大学工学部物理工学科を卒業する[1]

1971年7月、科学技術庁に入庁[1]。入庁後は主に原子力安全や研究開発行政に携わる[2]2001年、科学技術庁と文部省が統合して文部科学省が発足すると、初代大臣官房長に就任する[2]。その後、文部科学審議官を経て[1]2005年1月11日文部科学事務次官に就任する[3]

2007年7月6日、事務次官を退任する[3]。同日開かれた退任会見で、山形大学の学長選挙に出馬することを表明する。その後、7月26日に開催された学長選考会議において学長候補者に選ばれ[4]9月1日に学長に就任した[1]

2011年6月27日、自身の任期満了を受けて開催された学長選考会議で再び学長候補者に選ばれ[5]、学長に再任される。その後、2014年3月末をもって学長を退任し[6]、同年4月に山形大学から名誉教授の称号を授与される[7]。公益財団法人山形県産業技術振興財団理事長[8]、同顧問、独立行政法人科学技術振興機構上席フェロー、文部科学省科学技術・学術審議会委員などを歴任[9]

2018年4月、東北文教大学山形城北高校などを運営する学校法人富澤学園副理事長に就任し、翌年度からは同学園理事長に就く予定[10]

学長としての結城[編集]

山形大学の学長に就任後、学長として「教養教育の充実」に取り組む意向を示し[11]、後に「基盤教育」という形でこれを実現させた[2]

また、「国立大学には日本を代表して世界と戦える研究分野が必要」という考えを持ち[2]、その研究分野として有機エレクトロニクスに注目し、山形大学に有機エレクトロニクスの研究拠点を整備した[12]

社会的活動[編集]

  • 文部科学省 科学技術・学術審議会委員(2013年 - )
  • 山形県産業技術振興機構理事長(2015年 - )

出典[編集]

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  1. ^ a b c d e 結城新学長が就任”. 山形大学 (2007年9月5日). 2016年8月28日閲覧。
  2. ^ a b c d e f 山形大学 学長 結城 章夫さん”. やまがたコミュニティ新聞ONLINE (2013年12月27日). 2016年8月28日閲覧。
  3. ^ a b 歴代文部科学事務次官”. 文部科学省. 2016年8月28日閲覧。
  4. ^ 学長候補者の決定について”. 山形大学 (2007年7月30日). 2016年8月28日閲覧。
  5. ^ 次期山形大学長候補者が決定しました”. 山形大学 (2011年6月27日). 2016年8月28日閲覧。
  6. ^ 山形大の結城章夫学長が退任会見”. やまがたニュースオンライン. 山形新聞社 (2014年3月26日). 2014年8月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年8月28日閲覧。
  7. ^ プロフィール 結城章夫”. 産学官の道しるべ. 科学技術振興機構. 2016年8月28日閲覧。
  8. ^ [1]山形大学
  9. ^ [2]
  10. ^ “富沢学園、副理事長に結城氏 19年4月、理事長就任へ”. 山形新聞. (2018年1月13日). http://yamagata-np.jp/news/201801/13/kj_2018011300262.php 2018年2月3日閲覧。 
  11. ^ 「学生中心主義」目指す 「天下り」批判から4カ月、結城・山形大学長に聞く”. asahi.com. 朝日新聞社 (2007年12月25日). 2016年8月28日閲覧。
  12. ^ 結城章夫. 山形大学の有機エレクトロニクス研究 伝統の強み生かし世界と戦う拠点整備. インタビュアー:登坂和洋. 科学技術振興機構.. https://sangakukan.jp/journal/journal_contents/2015/01/articles/1501-02/1501-02_article.html 2016年8月28日閲覧。 
先代:
御手洗康
文部科学事務次官
第3代:2005年 - 2007年
次代:
銭谷眞美