福森雅武

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福森 雅武(ふくもり まさたけ、1944年昭和19年〉2月13日 - )は、日本の陶芸家三重県伊賀市出身。伊賀焼を代表する窯元「土楽窯」の7代目当主。

略歴[編集]

  • 1944年2月 生誕。
  • 1969年 土楽七代目当主となる。
  • 1994年4月 銀座吉井画廊にて個展開催。
  • 1996年2月 大阪難波高島屋美術画廊にて個展開催。
  • 2003年10月 フランスのギャラリー・YOSHI PARISにて個展開催、ほか。

人物[編集]

昭和19年、伊賀丸柱に生まれる。16歳の時に父親を亡くし、25歳にて土楽窯七代目当主として継承。20代の頃は茶器を扱い、「裏千家の秘蔵っ子」と呼ばれた。

その後、「生活と仕事が分離したところに、美しいものは生まれない」という信念の下、食器作りに邁進するようになった。また、覚性律庵の住職、大阿闍梨・光永澄道の下で「不動明王」「如意仏」などの陶仏も手掛けている(光永は2005年に逝去)。現在でも、土鍋、食器、酒器、花器、陶仏と精力的に創作活動に邁進している。

伝統を重んじ、土も釉薬も伊賀焼本来の伊賀の土であり、型押しの製品がほとんどを占める中、ろくろによる手造りを頑なに守り続けている。伊賀焼の陶土は、約400万年前まで琵琶湖の湖底だった地層から採れ、熱に強いという特徴があると言われる。器は、「日々愛用され、空気のようにそこにある」「時間を吸収し、表情を変えていく」「前に出ず、後ろに下がらず」「使えば料理とともに引き立てあう」をモットーにしている。土楽窯では、職人が福森考案の土鍋・食器を製作している。土楽窯の代表的な作品は、「黒鍋」「文福鍋」などがある。細川護熙の長男・細川護光は福森の弟子である。

伊賀の自然を感受しながら、花を活け、料理をし、骨董を愛でる暮らしぶりは、随筆家の白洲正子にして「新しい茶人」と称せられ、白洲の著書『日本のたくみ』(1981年、新潮文庫)の「土楽さんの焼きもの 福森雅武」で、志村ふくみ川瀬俊郎らと並び紹介された。また、中島誠之助監修の『新しい和食器の本』(1997年、主婦と生活社)の「全国14陶郷の今を代表する人気陶芸家26人『新作の器』」で、藤岡周平とともに伊賀焼きを代表する陶工として紹介された。白洲のほか、漆芸家で人間国宝の黒田辰秋武者小路千家千宗守など様々な人物と出会い、薫陶を受けた。人々は親しみを込めて「土楽さん」と呼ぶ。

2007年には、糸井重里が主催する『ほぼ日刊イトイ新聞』と土楽窯のコラボレーションが実現し、「うちの土鍋の宇宙」と題した土鍋『ベア1号』を製作。また、同年より中日新聞主催の中日文化センターにて、伊賀の土での作陶体験や独自料理を実施する「食と器」に関する教室(「土楽食楽」)を開催。2009年には、4女の福森道歩が中心になってデザインした『ほんとにだいじなカレー皿』をコラボレーション作品第2弾として製作した。

著書[編集]

出演[編集]

テレビ番組[編集]

CM[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]