福井女子中学生殺人事件

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福井女子中学生殺人事件(ふくいじょしちゅうがくせいさつじんじけん)は、1986年3月に福井県福井市の市営住宅で女子中学生が殺害された事件である。別名・福井女子中学生殺害事件。

日本国民救援会日本弁護士連合会の人権擁護委員会再審部会などによって、冤罪の可能性がある事件として指摘され、支援を受けてきたが、2011年11月30日名古屋高等裁判所金沢支部再審開始を決定し、裁判のやり直しへの期待が生じた[1]。しかし、2013年3月6日、名古屋高等裁判所本庁が一転して再審開始取り消しの決定を行った[2]。その後、2014年12月10日、最高裁第二小法廷が特別抗告を退け、再審開始を認めない決定をした。第2次再審請求の準備が進められている[3]が、2017年5月時点で申し立てには至っていない。

概要[編集]

1986年3月19日午後9時半ごろ、福井県福井市の市営住宅において、卒業式を終えた後に1人でいた女子中学生が、何者かに、自宅台所にあった2本の包丁で全身約50箇所近くを刺されたうえに、灰皿で頭を殴られた後、コードで首を絞められて殺害されるという事件が発生した。

本件は物証がほとんどなく、捜査は難航していた。しかし、事件発生から1年後に、福井県警察は、毒物及び劇物取締法逮捕されていた男性を、殺人罪で逮捕した。きっかけは、事件発生から約1年後に得られた5人の目撃証言、事件現場に落ちていた被告の毛髪に加え、未決勾留中の元暴力団組員の証言が採用された。

裁判経過[編集]

第一審[編集]

福井地方裁判所で行われた第一審(西村尤克裁判長)では、1990年9月26日に、殺人については無罪判決(求刑懲役13年)が言い渡された。

この事件の裁判では、第一審終盤の公判で証言者の一人が被告を見たとする証言を覆すなどしていていて、公判では、6人の供述の信用性、現場から採取されたとする毛髪について、被告のアリバイの有無が主に争われた。

福井地裁は、目撃証言について、重要な点で変異していること、事件後時がたってから行われたこと、供述を裏付ける物証がないとして信用性がないとした。また、逮捕のきっかけとなった暴力団組員の証言については、自らの量刑や、代用監獄での待遇を良くしてもらう意図があった可能性があるとした。さらに、犯行現場に残されていた2本の毛髪については、個人識別が絶対的なものではないとして証拠価値を否定した。弁護側が主張していたアリバイ成立については認めなかったものの、これらから、「犯罪の証明はない」と結論づけて、判決は、殺人について無罪、毒物及び劇物取締法違反については有罪(罰金3万円)とした。検察は、これを不服として控訴

控訴審・上告審[編集]

名古屋高等裁判所金沢支部で行われた控訴審では、1995年2月9日に、懲役7年の実刑という逆転有罪判決が言い渡された。

小島祐史裁判官(他松尾昭彦田中敦)は判決で、犯行現場で被告を見たという目撃証言は十分信用でき、暴力団組員の供述についても調書が作成された時点では、覚せい剤取締法違反容疑の取り調べは終了していたとして、信用性を認定。毛髪についても、弁護側、検察側のいずれかが信用できるという判断は下せないとしながらも、検察側の鑑定では被告が現場にいた1つの資料になりうるとした。しかし、被告が当時は心神耗弱の状態にあったことを考慮して、求刑より軽い懲役7年とした。弁護側は上告した。

最高裁判所第二小法廷の大西勝也裁判長(根岸重治河合伸一福田博裁判官)は、1997年11月14日に、上告の理由とは当たらないとして、弁護側の上告を棄却。被告の有罪が確定した。

再審請求[編集]

裁判終了後、被告は出所後の2004年に、再審請求を申し立てている。

弁護団が求めた未開示証拠の開示については、検察が当初拒んでいたものの、異例ともいえる名古屋高裁による二度の勧告により、2008年に殺害現場の状況写真29通、捜査段階の供述調書など125点が開示された。この証拠は、当時有罪判決を受けた裁判に提出されていれば、判断が変わった可能性があるとして、弁護側から証拠隠しと指摘されている。

再審請求では、

  • 知人らの目撃証言の信用性
  • 現場に残された包丁2本とは合わない傷口があり、3本目の凶器があった可能性
  • 犯行後に乗ったとされた自動車に、血痕が付いていたとの証言もあったにもかかわらず、血が付着していなかった理由

などが争点とされた[4]

弁護側は、物証がない中で当時の事件で有罪の根拠となった5人の供述についての矛盾を指摘している。再審を求める裁判では、事件当日に被告に会ったとして二審での有罪判決の決め手となった証言をした知人男性が、「会っていない」と証言を翻した[5]

また、再審請求の過程において、被告の後輩に当たる男性が、事件の捜査本部の置かれていた福井署で事情聴取を受けた際、別の事件で拘留されていた元暴力団員から、被告の事件への関与を認めるよう恫喝されたと証言したことが、毎日新聞で報じられた。この元組員は、被告から「犯行を打ち明けられた」と証言したり、知人女性宅に匿ったりしたとされていた。元組員は、捜査員から、証言すれば有利な取り計らいをすることを示唆されていたとされている[6]

また、1987年4月17日付で作成された供述調書について、被告が取り調べに当たった当時の巡査部長から「空想で話せ」と要求され、被告が応じたものである、と弁護側は主張している[7]

2011年11月30日、名古屋高等裁判所金沢支部伊藤新一郎裁判長)にて、本件の再審を開始する決定が行われた[1][8]。殺人事件において再審開始の決定が出たのは、再審無罪判決が確定した足利事件以来。

この決定に対し、検察側は異議申し立てを行い、異議審理の結果、2013年3月6日に名古屋高等裁判所本庁(志田洋裁判長)が再審開始取り消しの決定を言い渡した[2]。その後、2014年12月10日、最高裁第二小法廷が特別抗告を退け、再審開始を認めない決定をした。

参考文献[編集]

  • 朝日新聞1990年9月26日
  • 朝日新聞1995年2月10日
  • 朝日新聞2014年12月13日(最高裁による特別抗告の棄却)
  • 冤罪をつくる検察、それを支える裁判所 そして冤罪はなくならない(著者里見繁、インパクト出版会)2010年12月15日初版発行 ISBN 978-4-7554-0211-1

脚注[編集]

関連項目[編集]