白川郡 (黄海南道)

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白川郡
位置
DPRK2006 Hwangnam-Baechon.PNG
各種表記
ハングル 배천군
漢字 白川郡
発音 ペチョン=グン
ローマ字転写 Paechŏn-kun
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白川郡(ペチョンぐん)は朝鮮民主主義人民共和国黄海南道に属する郡。白川温泉がある。

なお、漢字由来の朝鮮の地名としては例外的な読み方となっている。当地を本貫とする氏族でも「ペチョン/배천군」と読む場合と「ペクチョン/백천군」と読む場合がある。

地理[編集]

道の東南部に位置し、南に京畿湾を臨む。

東に礼成江を挟んで開豊郡、西に延安郡、北に峰泉郡と隣接する。

行政区画[編集]

1邑・1労働者区・26里を管轄する。

  • 白川邑(ペチョヌプ)
  • 鳳両労働者区(ポンリャンロドンジャグ)
  • 江湖里(カンホリ)
  • 金谷里(クムゴンリ)
  • 金山里(クムサンリ)
  • 錦城里(クムソンリ)
  • 龍東里(リョンドンリ)
  • 柳川里(リュチョンリ)
  • 文山里(ムンサンリ)
  • ムルキル里(ムルキルリ)
  • 放峴里(パンヒョンリ)
  • 烽火里(ポンファリ)
  • 石山里(ソクサンリ)
  • 寿福里(スボンリ)
  • 水源里(スウォンリ)
  • 新月里(シヌォルリ)
  • 駅駆島里(ヨックドリ)
  • 梧鳳里(オボンリ)
  • 雲山里(ウンサンリ)
  • 円山里(ウォンサンリ)
  • 日谷里(イルコンリ)
  • 亭村里(チョンチョンリ)
  • 昌浦里(チャンポリ)
  • 楸井里(チュジョンリ)
  • 杏亭里(ヒャンジョンリ)
  • 紅峴里(ホンヒョンリ)
  • 花山里(ファサンリ)
  • 花陽里(ファヤンリ)

歴史[編集]

植民地時代は西隣の延安郡と合わせて延白郡とされていたが、解放後に延安郡と白川郡に分離された。

植民地期に白川温泉が開発され、京城ソウル)に近い温泉の一つとして賑わった。

年表[編集]

この節の出典[1]

  • 高句麗 - 刀臘県が置かれた。
  • 統一新羅 - 旧沢と呼ばれ、海皐県に属した。
  • 高麗 - 忠翊県、復興郡、白州と呼ばれた。
  • 1413年 - 白川郡が置かれ、京畿道から黄海道に管轄が移った。
  • 1526年 - 白川県となる。
  • 1535年 - 郡に復す。
  • 1895年 - 海州府白川郡(二十三府制)。
  • 1914年 - 郡面併合により、黄海道延安郡と合併して延白郡の一部になる。
  • 1952年12月 - 郡面里統廃合により、黄海道南延白郡銀川面・海月面・柳谷面・石山面・道村面・温井面および湖東面・鳳北面の各一部、延白郡雲山面・花城面・金山面をもって、白川郡を設置。白川郡に以下の邑・里が成立。(1邑24里)
    • 白川邑・江湖里・亭村里・鳳両里・紅峴里・放峴里・水源里・昌浦里・文山里・金山里・雲山里・柳川里・金谷里・新月里・杏亭里・錦城里・楸井里・寿福里・花山里・梧鳳里・日谷里・大雅里・花陽里・石山里・都台里
  • 1954年10月 - 黄海道の分割により、黄海南道白川郡となる。(1邑24里)
  • 1956年9月 (1邑26里)
    • 寿福里・昌浦里・杏亭里の各一部が合併し、龍東里が発足。
    • 杏亭里・金山里の各一部が合併し、烽火里が発足。
  • 1967年10月 (1邑27里)
    • 杏亭里・楸井里の各一部が合併し、駅駆島里が発足。
    • 金山里の一部が烽火里に編入。
    • 新月里の一部が紅峴里に編入。
  • 1981年6月 - 鳳両里が鳳両労働者区に昇格。(1邑1労働者区26里)
  • 1991年11月 - 都台里がムルキル里に改称。(1邑1労働者区26里)
  • 1992年4月 (1邑1労働者区26里)
    • 大雅里が峰泉郡に編入。
    • 峰泉郡円山里を編入。

交通[編集]

外部リンク[編集]

  1. ^ 황해남도 배천군 역사