甲斐文融

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
甲斐文融
魚藍観音

甲斐 文融(かい ぶんゆう、号 : 古璋、大正9年(1920年3月15日 - 1997年12月26日)は、日本画家曹洞宗僧侶(大分県中津市崇禅寺の13世住職)。白日会会員で油彩日本画彫刻をよくした。 

略歴[編集]

大正9年、大分県宇佐市清水の清水寺に生まれる。地方画家であった祖父、叔父の絵画を見、また兄の作画する姿に接し、幼少時より絵画に憧憬を抱く。その後、兄から自分の果たせなかった夢を託され、東京美術学校(現東京芸術大学)図画師範科に進学し、小林萬吾南薫造伊原宇三郎石橋犀水川崎小虎矢澤弦月関野聖雲に学び、1941年に卒業した。

1948年創元展に「渓流」が初入選。1951年には「石彿」により受賞。また大分県展にも出品して中津市長賞、別府市長賞、K氏賞を受けている。その後光風会展、白日展に出品。

その間、彫塑により仏像(3.38メートルの不動明王坐像、2.2メートルの地蔵尊像等)を制作、観音文殊普賢涅槃図等の仏画も描いたほか、書(漢)も手掛けた。

佐竹徳宮本三郎を敬愛していた。