秘密特許

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特許出願非公開制度から転送)

秘密特許(ひみつとっきょ)は、TRIPS協定第73条で規定されている知的財産の公開原則の例外として扱うことができる発明の通称である。

概要[編集]

現行の特許制度では、特許となった技術の発明者に対して独占的な利益を得る権利を与えている。発明者が利益を独占できる根拠には諸説あるが、公開代償説が最も広く支持されている。

公開代償説
発明者に独占権を認めない場合、発明者がその発明が他人に模倣されてしまうことを危惧し、その発明を秘密にしてしまった結果、その発明が社会的に活用されない無価値なものとなってしまう可能性があるため、発明者が新しく有用な発明を社会に提供する代償として、一定期間その発明による利益を排他的に独占する権利を付与する

秘密特許はこの公開原則に優先される例外事項である。安全保障や大量破壊兵器の開発に関する技術を専ら対象としており、発明者の帰属する国家はその発明を秘密特許に指定することで、公開を妨げることができる。特許制度が確立している70ヵ国のうち51ヵ国で秘密特許制度が導入されているが[1]、あくまで公開原則の例外であり、かつ後述する問題点もあり適用は非常に限定的である。

秘密特許の指定要件はTRIPS協定では厳密には定められておらず、指定基準や運用方法は各国に委ねられている。

運用方法[編集]

秘密特許の運用方法は概ね特許付与審査凍結特例法規定の三種類に分かれる。

特許付与
出願段階で秘密特許の候補として扱い、特許としての条件を満たすものについては秘密特許として特許権を付与する。
適用国:ドイツイタリアロシアカナダ中国ブラジルなど。
審査凍結
特許性の審査を凍結し、(そのような期間が存在するのであれば)秘密とする期間を経過した後に審査を再開し、特許性を判断する。
適用国:アメリカフランスイギリス韓国インドなど。
特例法規定
特許法の対象自体から除外し、別の法令に従って取り扱う。
適用国:スウェーデンノルウェーフィンランドなど。

この他にもサウジアラビアでは特許の所有権が政府に強制譲渡されるなど、様々な運用方法が存在する。

外国出願制限[編集]

秘密特許と合わせて運用される制度に外国出願制限が存在する場合がある。これは各国の国内で発明された技術を外国特許庁に出願する場合に政府機関の許可を得ることが義務付けられる制度であり、対象となる発明は秘密特許に指定された後に秘密期間が経過した発明がほとんどである。

第一国出願義務[編集]

第一国出願義務は各国の国内で発明された技術の最初の出願先を、その国の特許庁とすることを義務付ける制度である。かつてはヨーロッパ諸国や中国でも導入されていたが現在は廃止されており、現在この制度を残しているのはアメリカのみとなる。なお、アメリカの現行制度では第一国出願義務の対象は秘密特許に限らず、アメリカ国内で発明された全ての技術が対象となる。

問題点[編集]

秘密特許は制度上は多くの国で認められているが、以下のような問題点から適用は慎重かつ限定的となっている。

発明者不利益
最も大きな問題点は発明者の不利益である。発明が秘密特許に指定された場合その特許技術は公開されないため、別の発明者が同様の技術を生み出し製品化したとしても特許料を得ることはできない。一方で、秘密特許に指定された場合は通常の審査・登録とは異なる手続きが必要であり、国によっては守秘義務を課せられるなど発明者の負担が増大する。また、非公開や出願制限といった措置自体が技術者の発明に対するモチベーションを低下させる。
周辺特許の扱い
ほとんどの場合、単一の特許技術で製品が生み出されることはなく、一つの製品に複数の特許技術が含まれておりそれらは密接に関係している。一つの発明を秘密特許としてもその周辺特許から隠れている秘密特許を類推することは同業者にとってはそれほどむつかしくない場合もあるため、周辺特許を秘匿扱いにする必要が生じる可能性があり、秘密特許の影響範囲が大きくなる。
人材の固定化
秘密特許の発明者には守秘義務が課せられることがあり、関連する発明者が一つの技術・製品に拘束され、また秘密保持の範囲を広げないために新たな技術者の投入が制限される可能性があり、人材の流動性を著しく損ない、結果的に同分野の技術的発展を鈍化させる。

日本における秘密特許[編集]

これまで日本では秘密特許に相当する制度は設けられていなかったが[要出典]、2024年5月1日に経済安全保障推進法(経済安保法)の施行に基づき、特許出願非公開制度が導入されることとなった。この制度では、特許出願書類(明細書等)に、安全保障上公開することに問題がある発明が記載されている場合には、保全指定がされ出願公開および出願査定が留保される[2]

保全指定をするか否かの審査は、特許庁による一次審査と、内閣府に設置される部局でされる二次審査(保全審査)が行われる。保全審査の結果によっては、出願人の意思を確認し、その後、保全指定がされる。一次審査では、特許出願から特定の技術分野に属する発明についての出願を選別する(スクリーニング)。一次審査の結果、二次審査に付す場合、出願日から3か月以内に、特許庁長官から出願人または代理人にその旨が通知される[2]。二次審査(保全審査)では、機微性や産業への影響等の検討を行い、保全指定をするかどうかを決定する[2]。保全審査は、特許庁が一次審査で選別した出願の他、出願人からの申出があった出願についても行われる。二次審査では、出願人に対する意思の確認をすることができ、出願人は出願を取り下げることもできる。

出願のスクリーニングは国際特許分類等に基づいて行われる[2]。2024年現在、スクリーニングの対象となる特定の技術分野としては、例えば、ステルス機無人航空機ミサイルソナーロケット宇宙技術量子コンピュータ核技術等が挙げられている[3]。このうち、ロケット宇宙技術量子コンピュータの発明は、①国防用であること②出願人が国または国立研究開発法人が単独でした出願であること③国の委託等を受けた発明であることのいずれか(付加要件)に該当することが必要である[3]。これらの特定の技術分野については、外国出願が禁止されるが、保全審査に付されないか、10か月以内に保全指定がされなかった場合には禁止は解除される。また、これらの特定の技術分野について外国出願をする際は、事前に特許庁長官の確認を求めることができる[2]

保全審査の結果、保全指定がなされた出願については、出願取下げ、開示、外国出願が原則禁止される。また、発明の実施(出願人によるものを含む)、特許を受ける権利の共有も制限され、内閣総理大臣の承認が必要となる[4]。保全指定によって発生した損失については、実施によって得られるはずだった利益やライセンス料の補償を受けることができる[5]。保全指定は1年ごとに延長の要否が判断され、保全指定をすることが妥当でないと判断された場合、指定解除がされる。その後、指定解除から3か月以内に審査請求をすることができ、通常の特許出願と同様に特許を受けることができる。

出典[編集]

  1. ^ 諸外国・地域・機関の制度概要および法令条約等 特許庁
  2. ^ a b c d e 特許出願非公開制度について”. 特許庁. 2024年2月4日閲覧。
  3. ^ a b 特定技術分野及び付加要件の概要”. 内閣府. 2024年2月4日閲覧。
  4. ^ 経済安全保障推進法の特許出願の非公開に関する制度のQ&A”. 内閣府. 2024年2月4日閲覧。
  5. ^ 損失の補償に関するQ&A”. 内閣府. 2024年2月4日閲覧。

外部リンク[編集]