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2010年7月8日 (木) 23:40時点における版
エサ=ペッカ・サロネン(Esa-Pekka Salonen, 1958年6月30日 - )はフィンランドの作曲家・指揮者。2008年から現在まで、フィルハーモニア管弦楽団の首席指揮者・芸術顧問を務め、またロサンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団の名誉指揮者である。
略歴
ヘルシンキ・シベリウス音楽院でホルン演奏と作曲を学ぶ。同級生の作曲家マグヌス・リンドベルイやサーリアホと実験音楽合奏団「トイミー」(Toimii、フィンランド語で「それは作用する」の意)を結成。その後、フランコ・ドナトーニとニコロ・カスティリオーニのもとで作曲の研鑽を積む。当初は作曲活動に専念したが、1983年に急遽ロンドンでマイケル・ティルソン・トーマスの代役としてフィルハーモニア管弦楽団のマーラー作曲交響曲第3番の公演を引き受けることとなり、指揮者としての経歴が開始された。その後も1985年から1994年までフィルハーモニア管弦楽団の首席客演指揮者を務めてきた。1985年からスウェーデン放送交響楽団の首席指揮者に、また1984年にアメリカ合衆国デビューを果たして以来、1991年からロサンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に就任(首席指揮者と兼任)し、現代音楽の演奏と録音に献身してきた。ヴィトルド・ルトスワフスキの交響曲第3番の世界初録音は、1985年度グラモフォン賞現代音楽部門最優秀録音に選ばれた。サロネンの作品には、フランツ・カフカの『判決』から題名をとったサクソフォーン協奏曲『…一瞥して何も気付かず…』(...auf den ersten Blick und ohne zu wissen..., 1980年)や、スタニスワフ・レムのテクストによるソプラノのためのFloof(1982年)、管弦楽曲『ロサンジェルス変奏曲』(L.A. Variations, 1996年)がある。作曲活動に没頭できるように2000年に1年間の休息をとり、その間にホルン独奏曲『演奏会用練習曲』(Concert Étude )や、アンシ・カルトゥネンとロンドン・シンフォニエッタのためのチェロ作品や管弦楽曲を作曲した。サロネンは現代音楽だけでなく、シベリウスやニールセン、ラーションなどの20世紀前半~中頃に活躍した北欧の作曲家の紹介にも取り組んでいる。
来日
- 1987年、スウェーデン放送交響楽団来日公演
- 1988年、NHK交響楽団定期客演
- 1990年、NHK交響楽団定期客演
- 1994年、ロスアンジェルス・フィルハーモニック来日公演
- 1998年、東京オペラシティで、フィルハーモニア管弦楽団来日公演、リゲティを振る
- 2002年、NHK交響楽団定期客演、他
- 2008年、ロスアンジェルス・フィルハーモニック(「音楽の友」ベストコンサート)
- 2010年、フィルハーモニア管弦楽団来日公演、ウィーン・フィル来日公演予定(小澤征爾の代役)
外部リンク
- Esa-Pekka Salonen official website (at Sony Music)
- Biography of Esa-Pekka Salonen (at Schirmer.com)
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