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'''アカエゾマツ'''(赤蝦夷松、[[学名]]:{{Snamei||Picea glehnii}})は、[[マツ科]][[トウヒ属]]の常緑[[針葉樹]]。[[エゾマツ]]と共に[[北海道]]の木に指定されてる。
'''アカエゾマツ'''(赤蝦夷松、[[学名]]:{{Snamei||Picea glehnii}})は、[[マツ科]][[トウヒ属]]の常緑[[針葉樹]]。[[エゾマツ]]と共に[[北海道]]の木に指定されており、北海道の代表的な造林樹種であ<ref name="北海道の木100-アカエゾマツ"/>


== 特徴 ==
== 特徴 ==
樹高は通常は30mから40m以上だが、湿原では非常に小型になる<ref name="北海道の木100-アカエゾマツ"/>。樹形は自然に円錐形となり、美しい<ref name="基地-アカエゾマツ"/>。若い枝には赤褐色の毛がびっしりと生え、幹は赤褐色から黒赤褐色で太さ1mから1.5mとなり、樹皮はウロコ状に剥がれる<ref name="北海道の木100-アカエゾマツ"/><ref name="基地-アカエゾマツ"/><ref name="林産試験場-アカエゾマツ"/>。
樹皮がエゾマツより赤みがかっているのでこの名がある。条件によって樹高は大きく異なるが、条件が良ければ40m以上の大木となる場合がある。葉は長さ6-12mm程度で、断面は菱形。エゾマツの葉の断面は扁平なので、この点からも両者は区別できる。球果は長さ4.5-8.5cm程度。

葉は幅1mm、長さ5-12mm程度で、横断面は菱形をしており、4面に気孔帯がある<ref name="北海道の木100-アカエゾマツ"/><ref name="林産試験場-アカエゾマツ"/>。エゾマツの葉は長く、横断面は扁平なので、この点からも両者は区別できる<ref name="北海道の木100-アカエゾマツ"/>。

[[雌雄同体#植物の場合|雌雄同株]]で、帯紅色で1.5cmほどの雄花と、紫紅色で3cmほどの雌花が枝に直立して咲く<ref name="北海道の木100-アカエゾマツ"/>。花は樹上の高い部分の枝先にしかできないので、地表から見ることは難しい<ref name="北海道の木100-アカエゾマツ"/>。北海道では5月から6月が開花期である<ref name="北海道の木100-アカエゾマツ"/>。

雌花は熟すると球果となってぶら下がる<ref name="林産試験場-アカエゾマツ"/>。円柱形で長さ4.5-8.5cm程度、太さ2.5cm程度<ref name="北海道の木100-アカエゾマツ"/>。北海道では9月から10月に暗紫色に熟する<ref name="北海道の木100-アカエゾマツ"/>。


== 分布と生育環境 ==
== 分布と生育環境 ==
北海道に分布の中心があり、その他には[[国後島]][[色丹島]]・[[樺太|サハリン]]最南端・[[岩手県]]の[[早池峰山]]に分布する。北海道ではエゾマツと分布域が重なるが、[[湿地]]や蛇紋岩地、土壌の薄い溶岩上や火山灰土などより条件の厳しい場所で優先する。このような場所ではエゾマツ・トドマツの生育は困難なため、しばしば純林を形成する。
北海道に分布の中心があり、特に北海道東部から北部の山間部や日高山脈に多く<ref name="北海道の木100-アカエゾマツ"/><ref name="川湯エコ"/><ref name="林産試験場-アカエゾマツ"/>、北海道南部([[渡島半島]])には分布しない<ref name="基地-アカエゾマツ"/>。その他には千島列島の南部([[国後島]])、[[色丹島]]・[[樺太|サハリン]]最南端・[[岩手県]]の[[早池峰山]]に分布する<ref name="林産試験場-アカエゾマツ"/><ref name="森林総合研究所-早池峰"/>。北海道ではエゾマツ、[[トドマツ]]、[[ダケカンバ]]、[[イタヤカエデ]]などと分布域が重なるが、[[湿地]]や[[蛇紋岩]]地、土壌の薄い溶岩上や火山灰や火山礫の壌、痩せた湿地や海岸砂丘など、養分の乏しく条件の厳しい場所で優先する<ref name="北海道の木100-アカエゾマツ"/><ref name="川湯エコ"/><ref name="林産試験場-アカエゾマツ"/><ref name="森林総合研究所-早池峰"/>。このような場所ではエゾマツ・[[トドマツ]]の生育は困難なため、しばしば純林を形成する<ref name="森林総合研究所-早池峰"/>。[[根室市]][[風蓮湖]]の[[春国岱]]は、[[砂洲]]上のアカエゾマツ純林として著名である。


[[阿寒湖]]周辺では、[[雌阿寒岳]]・[[雄阿寒岳]]、[[摩周岳]]や[[アトサヌプリ]]といった火山群によってできた火山灰地で純林を形成しており、[[次郎湖]]畔のアカエゾマツ樹林や[[川湯温泉 (北海道)|川湯温泉]]付近の純林(「川湯アカエゾマツの森」)などが知られている<ref name="川湯エコ"/><ref name="阿寒"/><ref name="北海道の木100-アカエゾマツ"/>。
現在は北海道以外にはわずかしか分布しないが、[[最終氷期]]には、[[東北地方]]にも広く分布していたことが化石資料から知られている。しかし最終氷期が終わると、気温の上昇と降雪量の増大のため、ほとんどが姿を消した。早池峰山にごくわずかに分布するアカエゾマツは、その最後の生き残りである。

また、[[焼尻島]]の「鶯谷の姥松」が名木として知られている<ref name="北海道の木100-アカエゾマツ"/>。

=== 本州のアカエゾマツ ===
もともとアカエゾマツは北海道の道南以北だけにみられ、本州以南には分布していないと考えられていた。ところが1960(昭和35)年に[[岩手県]][[宮古市]]の[[早池峰山]]の蛇紋岩地帯で96本<ref group="注">[[胸高直径]](地表から約1.2mの高さにおける直径)5cm以上のもの</ref>のアカエゾマツからなる群落が発見された<ref name="森林総合研究所-早池峰"/>。

この[[蛇紋岩]]地帯は約2万年前の[[最終氷期]]に形成された蛇紋岩が斜面上に取り残されたもので、しばしば土石流の原因になっていた。1960年のアカエゾマツ発見も、[[アイオン台風]](1948年)による土石流被害の調査の過程で見つかったものである。この群落は標高980mから1180m付近にかけての「アイオン沢」と呼ばれる東西200m、南北600mの斜面地に限定されていて、これはたまたまそこだけ土石流の被害を免れたことで残存していたものだった<ref name="森林総合研究所-早池峰"/><ref name="天然記念物"/>。

かつての最終氷期の[[東北地方]]では、アカエゾマツは最も繁栄している植物種の一つであり、早池峰山のアカエゾマツはその稀少な生き残りと考えられている<ref name="森林総合研究所-早池峰"/>。その学術的稀少価値が認められ、1975年に「早池峰山のアカエゾマツ自生南限地」として国の[[天然記念物]]に指定された<ref name="森林総合研究所-早池峰"/><ref name="天然記念物"/>。

1960年の発見当初、土石流を免れたアカエゾマツは96本で、しかも群落の辺縁部から枯損が進行し、消滅が危惧された。しかし1970年代には枯損がとまり、土石流跡地に新たなアカエゾマツが育っており、2000年代には総数<ref group="注">[[胸高直径]](地表から約1.2mの高さにおける直径)5cm以上のもの</ref>は143本にまで増え、太いものでは直径20cmを超えるものも60本以上確認されている。小木も含めた総個体数は3500本となって、短期的には消滅の危機は脱したと考えられている。本来、自然に[[コメツガ]]や[[ヒバ]]などに遷移するはずのものが、定期的に発生する土石流によってコメツガやヒバが倒されてアカエゾマツが生えることで群落が維持されてきたと推測されている<ref name="森林総合研究所-早池峰"/>。

==呼称==
外観が[[エゾマツ]]に似ていて、幹の色が赤みがかっていることからアカエゾマツと呼称されるようになったと考えられている<ref name="北海道の木100-アカエゾマツ"/>。エゾマツやアカエゾマツは、分類学上は[[マツ属]]ではなく[[トウヒ属]]だが、一般に常緑針葉樹は「マツ」と呼称されている<ref name="北海道の木100-アカエゾマツ"/>。

アイヌ人は「チカ<small>プ</small>・スンク<ref name="北海道の木100-アカエゾマツ"/>」(鳥のエゾマツ)と呼んで「スンク」(エゾマツ)と区別して<ref name="阿寒"/>いたほか、北海道での主な異称として「テシオマツ<ref name="北海道の木100-アカエゾマツ"/>」([[天塩郡|天塩]]の松)、「シコタンマツ<ref name="北海道の木100-アカエゾマツ"/>」([[色丹島]]の松)、「ヤチシンコ<ref name="北海道の木100-アカエゾマツ"/>」(谷地=湿地のエゾマツ。シンコは、アイヌ語スンクの訛り)などがある。

北海道では、本種との区別のためにエゾマツを「クロエゾマツ」と俗称するほか、本種のことを「アカマツ」と俗称する場合もある<ref name="基地-アカエゾマツ"/>。

英名は「Sakhalin Spruce」(「[[樺太|サハリン]]の[[トウヒ]]」の意)、中国名は「鱼鳞云杉」(「魚鱗」は樹皮が鱗のようになっていることから。「云杉」はトウヒのこと。)<ref name="北海道の木100-アカエゾマツ"/>。


== 利用 ==
== 利用 ==
北海道では人工造林の代表種で、2008年現在でおよそ16万[[ヘクタール|ha]]の人工樹林がある<ref name="北海道の木100-アカエゾマツ"/><ref name="林産試験場-アカエゾマツ"/>。苗木の育成が容易で、病気に強いうえ、春の芽出しが遅いので高緯度の酷寒地・多雪地での造林に適している<ref name="林産試験場-アカエゾマツ"/>。
材は他のトウヒ属一般と同様に、建築材や土木用材としても使用可能だが、近年は資源の枯渇によって伐採量が減っており、[[弦楽器]]の表面板など比較的高価な用途に使われることが多い。北海道では植林も行われる。


近年は公園や街路樹、生け垣など緑化にも用いられるようになった<ref name="北海道の木100-アカエゾマツ"/>。樹形が自然のままでも整っており、針葉樹としては成長が遅いので、特に庭木に適している。なかでも草花と組み合わせてイギリス風の洋風庭園を作るのに適し、門まわりや庭木として用いられている<ref name="基地-アカエゾマツ"/>。
== 天然記念物 ==

[[岩手県]][[宮古市]]の「早池峰山のアカエゾマツ自生南限地」が日本の国の[[天然記念物]]に指定されている。
湿原で小型化した個体は盆栽用に愛好されてきたが、盗掘によって稀少化している<ref name="北海道の木100-アカエゾマツ"/><ref name="基地-アカエゾマツ"/>。盆栽では「エゾマツ」と称するものが実際にはアカエゾマツである例が多い<ref name="基地-アカエゾマツ"/>。

一般に成長はゆっくりなため、年輪が均一で詰まっている。材は白褐色から淡黄白色で、心部と辺部の性質に大きな差がないのが特徴<ref name="基地-アカエゾマツ"/><ref name="林産試験場-アカエゾマツ"/>。針葉樹材のなかでは強度が高いが、耐朽性は劣る<ref name="林産試験場-アカエゾマツ"/>。

天然のアカエゾマツ材は、他のトウヒ属一般と同様に、建築材や土木用材、パルプ材としても使用可能<ref name="北海道の木100-アカエゾマツ"/><ref name="林産試験場-アカエゾマツ"/>だが、近年は資源が枯渇しており、北海道の針葉樹全体の4%から5%程度しかない<ref name="林産試験場-アカエゾマツ"/>。そのため高価な用途に限定されるようになっており、バイオリンやピアノなど[[弦楽器]]の表面板などに用いられている<ref name="基地-アカエゾマツ"/><ref name="林産試験場-アカエゾマツ"/>。

人工造林のアカエゾマツ材、とくに間伐材は、天然材やトドマツと比較すると強度でやや劣るとみられており、建材として用いるには採算性が劣るとされている。そのため強度の必要のない集成材や梱包材の用途に用いられている<ref name="人工林"/>。


== アカエゾマツをシンボルとする地方自治体 ==
== アカエゾマツをシンボルとする地方自治体 ==
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* 北海道[[士別市]]、[[むかわ町]]、[[上川町]]、[[上富良野町]]、[[音威子府村]]、[[浜頓別町]]、[[中頓別町]]、[[幌延町]]、[[置戸町]]、[[足寄町]]
* 北海道[[士別市]]、[[むかわ町]]、[[上川町]]、[[上富良野町]]、[[音威子府村]]、[[浜頓別町]]、[[中頓別町]]、[[幌延町]]、[[置戸町]]、[[足寄町]]


== 脚注 ==
==脚注==
===注釈===
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===出典===
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*<ref name="jucnredlist-picea_glehnii">[http://www.iucnredlist.org/apps/redlist/details/42324/0 Conifer Specialist Group 1998. ''Picea glehnii''. In: IUCN 2010. IUCN Red List of Threatened Species. Version 2010.4.]</ref>
*<ref name="和名−学名インデックス">[http://bean.bio.chiba-u.jp/bgplants/ylist_detail_disp.php?pass=5089 米倉浩司・梶田忠 (2003-) 「BG Plants 和名−学名インデックス」(YList)]</ref>


*<ref name="北海道の木100-アカエゾマツ">『知りたい北海道の木100』p26-27「アカエゾマツ」</ref>

*<ref name="阿寒">[[環境省]] 釧路自然環境事務所 {{PDFlink|[https://hokkaido.env.go.jp/kushiro/nature/data/akan_j.pdf 阿寒国立公園]}} 2016年8月13日閲覧。</ref>
*<ref name="川湯エコ">川湯エコミュージアムセンター [http://www6.marimo.or.jp/k_emc/akaezo.html アカエゾマツの森] 2016年8月13日閲覧。</ref>

*<ref name="基地-アカエゾマツ">中川木材産業 木の情報発信基地 [http://www.wood.co.jp/wood/m721.htm アカエゾマツ] 2016年8月13日閲覧。</ref>

*<ref name="林産試験場-アカエゾマツ">地方独立行政法人 北海道立総合研究機構 森林研究本部 林産試験場 道産木材データベース [http://www.fpri.hro.or.jp/gijutsujoho/doumoku-db/doumoku/N4%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%82%A8%E3%82%BE%E3%83%9E%E3%83%84/akaezo.htm アカエゾマツ] 2016年8月13日閲覧。</ref>

*<ref name="人工林">[[林野庁]] 北海道森林管理局 上川南部森林管理署,田島瑠美,「{{PDFlink|[http://www.rinya.maff.go.jp/hokkaido/kikaku/pdf/19happyou_04.pdf アカエゾマツ人工林の間伐材利用実態と今後の課題]}}」 2016年8月13日閲覧。</ref>

*<ref name="森林総合研究所-早池峰">国立研究開発法人 森林総合研究所 [https://www.ffpri.affrc.go.jp/labs/raretree/2_PGindex.html 早池峰のアカエゾマツ隔離小集団] 2016年8月13日閲覧。</ref>

*<ref name="天然記念物">[[文化庁]] 文化遺産オンライン [http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/204663 早池峰山のアカエゾマツ自生南限地] 2016年8月13日閲覧。</ref>

}}
===参考文献===
*『知りたい北海道の木100』,佐藤孝夫/著,亜璃西社,2014,ISBN 9784906740109


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
* [[トウヒ属]]
* [[トウヒ属]]
===類似種===
*[[エゾマツ]]
*[[プンゲンストウヒ]]
*[[ヨーロッパトウヒ]]


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2016年8月26日 (金) 00:42時点における版

アカエゾマツ
アカエゾマツ(北海道川湯温泉、2007年7月)
保全状況評価[1]
LOWER RISK - Least Concern
(IUCN Red List Ver.2.3 (1994))
分類新エングラー体系
: 植物界 Plantae
: 裸子植物門 Gymnospermae
: マツ綱 Coniferopsida
: マツ目 Coniferae
: マツ科 Pinaceae
: トウヒ属 Picea
: アカエゾマツ P. glehnii
学名
Picea glehnii (F.Schmidt) Mast.
和名
アカエゾマツ(赤蝦夷松)
品種

f. chlorocarpa Miyabe et Kudô アオミノアカエゾマツ[2]

アカエゾマツの葉

アカエゾマツ(赤蝦夷松、学名Picea glehnii)は、マツ科トウヒ属の常緑針葉樹エゾマツと共に北海道の木に指定されており、北海道の代表的な造林樹種である[3]

特徴

樹高は通常は30mから40m以上だが、湿原では非常に小型になる[3]。樹形は自然に円錐形となり、美しい[4]。若い枝には赤褐色の毛がびっしりと生え、幹は赤褐色から黒赤褐色で太さ1mから1.5mとなり、樹皮はウロコ状に剥がれる[3][4][5]

葉は幅1mm、長さ5-12mm程度で、横断面は菱形をしており、4面に気孔帯がある[3][5]。エゾマツの葉は長く、横断面は扁平なので、この点からも両者は区別できる[3]

雌雄同株で、帯紅色で1.5cmほどの雄花と、紫紅色で3cmほどの雌花が枝に直立して咲く[3]。花は樹上の高い部分の枝先にしかできないので、地表から見ることは難しい[3]。北海道では5月から6月が開花期である[3]

雌花は熟すると球果となってぶら下がる[5]。円柱形で長さ4.5-8.5cm程度、太さ2.5cm程度[3]。北海道では9月から10月に暗紫色に熟する[3]

分布と生育環境

北海道に分布の中心があり、特に北海道東部から北部の山間部や日高山脈に多く[3][6][5]、北海道南部(渡島半島)には分布しない[4]。その他には千島列島の南部(国後島)、色丹島サハリン最南端・岩手県早池峰山に分布する[5][7]。北海道ではエゾマツ、トドマツダケカンバイタヤカエデなどと分布域が重なるが、湿地蛇紋岩地、土壌の薄い溶岩上や火山灰や火山礫の土壌、痩せた湿地や海岸砂丘など、養分の乏しく条件の厳しい場所で優先する[3][6][5][7]。このような場所ではエゾマツ・トドマツの生育は困難なため、しばしば純林を形成する[7]根室市風蓮湖春国岱は、砂洲上のアカエゾマツ純林として著名である。

阿寒湖周辺では、雌阿寒岳雄阿寒岳摩周岳アトサヌプリといった火山群によってできた火山灰地で純林を形成しており、次郎湖畔のアカエゾマツ樹林や川湯温泉付近の純林(「川湯アカエゾマツの森」)などが知られている[6][8][3]

また、焼尻島の「鶯谷の姥松」が名木として知られている[3]

本州のアカエゾマツ

もともとアカエゾマツは北海道の道南以北だけにみられ、本州以南には分布していないと考えられていた。ところが1960(昭和35)年に岩手県宮古市早池峰山の蛇紋岩地帯で96本[注 1]のアカエゾマツからなる群落が発見された[7]

この蛇紋岩地帯は約2万年前の最終氷期に形成された蛇紋岩が斜面上に取り残されたもので、しばしば土石流の原因になっていた。1960年のアカエゾマツ発見も、アイオン台風(1948年)による土石流被害の調査の過程で見つかったものである。この群落は標高980mから1180m付近にかけての「アイオン沢」と呼ばれる東西200m、南北600mの斜面地に限定されていて、これはたまたまそこだけ土石流の被害を免れたことで残存していたものだった[7][9]

かつての最終氷期の東北地方では、アカエゾマツは最も繁栄している植物種の一つであり、早池峰山のアカエゾマツはその稀少な生き残りと考えられている[7]。その学術的稀少価値が認められ、1975年に「早池峰山のアカエゾマツ自生南限地」として国の天然記念物に指定された[7][9]

1960年の発見当初、土石流を免れたアカエゾマツは96本で、しかも群落の辺縁部から枯損が進行し、消滅が危惧された。しかし1970年代には枯損がとまり、土石流跡地に新たなアカエゾマツが育っており、2000年代には総数[注 2]は143本にまで増え、太いものでは直径20cmを超えるものも60本以上確認されている。小木も含めた総個体数は3500本となって、短期的には消滅の危機は脱したと考えられている。本来、自然にコメツガヒバなどに遷移するはずのものが、定期的に発生する土石流によってコメツガやヒバが倒されてアカエゾマツが生えることで群落が維持されてきたと推測されている[7]

呼称

外観がエゾマツに似ていて、幹の色が赤みがかっていることからアカエゾマツと呼称されるようになったと考えられている[3]。エゾマツやアカエゾマツは、分類学上はマツ属ではなくトウヒ属だが、一般に常緑針葉樹は「マツ」と呼称されている[3]

アイヌ人は「チカ・スンク[3]」(鳥のエゾマツ)と呼んで「スンク」(エゾマツ)と区別して[8]いたほか、北海道での主な異称として「テシオマツ[3]」(天塩の松)、「シコタンマツ[3]」(色丹島の松)、「ヤチシンコ[3]」(谷地=湿地のエゾマツ。シンコは、アイヌ語スンクの訛り)などがある。

北海道では、本種との区別のためにエゾマツを「クロエゾマツ」と俗称するほか、本種のことを「アカマツ」と俗称する場合もある[4]

英名は「Sakhalin Spruce」(「サハリントウヒ」の意)、中国名は「鱼鳞云杉」(「魚鱗」は樹皮が鱗のようになっていることから。「云杉」はトウヒのこと。)[3]

利用

北海道では人工造林の代表種で、2008年現在でおよそ16万haの人工樹林がある[3][5]。苗木の育成が容易で、病気に強いうえ、春の芽出しが遅いので高緯度の酷寒地・多雪地での造林に適している[5]

近年は公園や街路樹、生け垣など緑化にも用いられるようになった[3]。樹形が自然のままでも整っており、針葉樹としては成長が遅いので、特に庭木に適している。なかでも草花と組み合わせてイギリス風の洋風庭園を作るのに適し、門まわりや庭木として用いられている[4]

湿原で小型化した個体は盆栽用に愛好されてきたが、盗掘によって稀少化している[3][4]。盆栽では「エゾマツ」と称するものが実際にはアカエゾマツである例が多い[4]

一般に成長はゆっくりなため、年輪が均一で詰まっている。材は白褐色から淡黄白色で、心部と辺部の性質に大きな差がないのが特徴[4][5]。針葉樹材のなかでは強度が高いが、耐朽性は劣る[5]

天然のアカエゾマツ材は、他のトウヒ属一般と同様に、建築材や土木用材、パルプ材としても使用可能[3][5]だが、近年は資源が枯渇しており、北海道の針葉樹全体の4%から5%程度しかない[5]。そのため高価な用途に限定されるようになっており、バイオリンやピアノなど弦楽器の表面板などに用いられている[4][5]

人工造林のアカエゾマツ材、とくに間伐材は、天然材やトドマツと比較すると強度でやや劣るとみられており、建材として用いるには採算性が劣るとされている。そのため強度の必要のない集成材や梱包材の用途に用いられている[10]

アカエゾマツをシンボルとする地方自治体

脚注

注釈

  1. ^ 胸高直径(地表から約1.2mの高さにおける直径)5cm以上のもの
  2. ^ 胸高直径(地表から約1.2mの高さにおける直径)5cm以上のもの

出典

  1. ^ Conifer Specialist Group 1998. Picea glehnii. In: IUCN 2010. IUCN Red List of Threatened Species. Version 2010.4.
  2. ^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-) 「BG Plants 和名−学名インデックス」(YList)
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y 『知りたい北海道の木100』p26-27「アカエゾマツ」
  4. ^ a b c d e f g h i 中川木材産業 木の情報発信基地 アカエゾマツ 2016年8月13日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m 地方独立行政法人 北海道立総合研究機構 森林研究本部 林産試験場 道産木材データベース アカエゾマツ 2016年8月13日閲覧。
  6. ^ a b c 川湯エコミュージアムセンター アカエゾマツの森 2016年8月13日閲覧。
  7. ^ a b c d e f g h 国立研究開発法人 森林総合研究所 早池峰のアカエゾマツ隔離小集団 2016年8月13日閲覧。
  8. ^ a b 環境省 釧路自然環境事務所 阿寒国立公園 (PDF) 2016年8月13日閲覧。
  9. ^ a b 文化庁 文化遺産オンライン 早池峰山のアカエゾマツ自生南限地 2016年8月13日閲覧。
  10. ^ 林野庁 北海道森林管理局 上川南部森林管理署,田島瑠美,「アカエゾマツ人工林の間伐材利用実態と今後の課題 (PDF) 」 2016年8月13日閲覧。

参考文献

  • 『知りたい北海道の木100』,佐藤孝夫/著,亜璃西社,2014,ISBN 9784906740109

関連項目

類似種