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アカエゾマツ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アカエゾマツ
アカエゾマツ(北海道川湯温泉、2007年7月)
保全状況評価[1]
LOWER RISK - Least Concern
(IUCN Red List Ver.2.3 (1994))
Status iucn2.3 LC.svg
Status iucn2.3 LC.svg
分類新エングラー体系
: 植物界 Plantae
: 裸子植物門 Gymnospermae
: マツ綱 Coniferopsida
: マツ目 Coniferae
: マツ科 Pinaceae
: トウヒ属 Picea
: アカエゾマツ P. glehnii
学名
Picea glehnii (F.Schmidt) Mast.
和名
アカエゾマツ(赤蝦夷松)
品種

f. chlorocarpa Miyabe et Kudô アオミノアカエゾマツ[2]

アカエゾマツの葉
アカエゾマツの樹皮

アカエゾマツ(赤蝦夷松、学名Picea glehnii)は、マツ科トウヒ属の常緑針葉樹エゾマツと共に北海道の木に指定されており、北海道の代表的な造林樹種である[3]

特徴

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樹高は通常は30mから40m以上だが、湿原では非常に小型になる[3]。樹形は自然に円錐形となり、美しい[4]。若い枝には赤褐色の毛がびっしりと生え、幹は赤褐色から黒赤褐色で太さ1mから1.5mとなり、樹皮はウロコ状に剥がれる[3][4][5]

葉は幅1mm、長さ5-12mm程度で、横断面は菱形をしており、4面に気孔帯がある[3][5]。エゾマツの葉は長く、横断面は扁平なので、この点からも両者は区別できる[3]

雌雄同株で、帯紅色で1.5cmほどの雄花と、紫紅色で3cmほどの雌花が枝に直立して咲く[3]。花は樹上の高い部分の枝先にしかできないので、地表から見ることは難しい[3]。北海道では5月から6月が開花期である[3]

雌花は熟すると、球果となってぶら下がる[5]。円柱形で長さ4.5-8.5cm程度、太さ2.5cm程度[3]。北海道では9月から10月に暗紫色に熟する[3]

蛇紋岩土壌におけるトドマツとの比較試験ではアカエゾマツの根も大きく影響を受けるが、地上部を伸長成長させる力を持っている。一説にはアカエゾマツの浅根性が高マグネシウムの悪影響を軽減しているのではないかという説が提唱されている[6]

分布と生育環境

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北海道に分布の中心があり、特に北海道東部から北部の山間部や日高山脈に多く[3][7][5]、北海道南部(渡島半島)には分布しない[4]。その他には千島列島の南部(国後島)、色丹島サハリン最南端、岩手県早池峰山に分布する[5][8]。北海道ではエゾマツ、トドマツダケカンバイタヤカエデなどと分布域が重なるが、湿地蛇紋岩地、土壌の薄い溶岩上や火山灰や火山礫の土壌、痩せた湿地や海岸砂丘など、養分の乏しく条件の厳しい場所で優先する[3][7][5][8]。このような場所ではエゾマツ・トドマツの生育は困難なため、しばしば純林を形成する[8]根室市風蓮湖春国岱は、砂洲上のアカエゾマツ純林として著名である。

阿寒湖周辺では、雌阿寒岳雄阿寒岳摩周岳アトサヌプリといった火山群によってできた火山灰地で純林を形成しており、次郎湖畔のアカエゾマツ樹林や川湯温泉付近の純林(「川湯アカエゾマツの森」)などが知られている[7][9][3]

また、焼尻島の「鶯谷の姥松」が名木として知られている[3]

本州のアカエゾマツ

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もともと、アカエゾマツは北海道の北部や東部を中心にみられ、本州以南には分布していないと考えられていたが、1960(昭和35)年に岩手県宮古市早池峰山の蛇紋岩地帯で96本[注 1]のアカエゾマツからなる群落が発見された[8]

この蛇紋岩地帯は約2万年前の最終氷期に形成された蛇紋岩が斜面上に取り残されたもので、しばしば土石流の原因になっていた。1960年のアカエゾマツ発見も、アイオン台風(1948年)による土石流被害の調査の過程で見つかったものである。この群落は標高980mから1180m付近にかけての「アイオン沢」と呼ばれる東西200m、南北600mの斜面地に限定されていて、これはたまたまそこだけ土石流の被害を免れたことで残存していたものだった[8][10]

かつての最終氷期の東北地方では、アカエゾマツは最も繁栄している植物種の一つであり、早池峰山のアカエゾマツはその稀少な生き残りと考えられている[8]。その学術的稀少価値が認められ、1975年に「早池峰山のアカエゾマツ自生南限地」として国の天然記念物に指定された[8][10]

1960年の発見当初、土石流を免れたアカエゾマツは96本で、しかも群落の辺縁部から枯損が進行し、消滅が危惧された。しかし1970年代には枯損がとまり、土石流跡地に新たなアカエゾマツが育っており、2000年代には総数[注 2]は143本にまで増え、太いものでは直径20cmを超えるものも60本以上確認されている。小木も含めた総個体数は3500本となって、短期的には消滅の危機は脱したと考えられている。本来、自然にコメツガヒバなどに遷移するはずのものが、定期的に発生する土石流によってコメツガやヒバが倒されてアカエゾマツが生えることで群落が維持されてきたと推測されている[8]。岩手県の分布地では下層には多数の倒木とヒバを伴うとされている[11]

呼称

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外観がエゾマツに似ていて、幹の色が赤みがかっていることからアカエゾマツと呼称されるようになったと考えられている[3]。エゾマツやアカエゾマツは、分類学上はマツ属ではなくトウヒ属だが、一般に常緑針葉樹は「マツ」と呼称されている[3]

アイヌは「チカㇷ゚・スンク[3]」(鳥のエゾマツ)と呼んで「スンク」(エゾマツ)と区別して[9]いたほか、北海道での主な異称として「テシオマツ[3]」(天塩の松)、「シコタンマツ[3]」(色丹島の松)、「ヤチシンコ[3]」(谷地=湿地のエゾマツ。シンコは、アイヌ語スンクの訛り)などがある。日本語の異名「シンコ松」はこれに由来する[12]

北海道では、本種との区別のためにエゾマツを「クロエゾマツ」と俗称するほか、本種のことを「アカマツ」と俗称する場合もある[4]

主たる分布地となる北海道への本格的な和人入植が明治時代以後と比較的新しく、入植者は各地から集まったこともあってか、方言名は殆ど知られていない[13][14]のが特徴で、僅かに「シンコマツ」(北海道根室地方)程度である[15]。2020年ごろの十勝地方での聞き取り調査の結果によると、北海道では本種に限らず樹木の地方名の現存数が極めて少ないことが指摘されている[16]

英名は「Sakhalin Spruce」(「サハリントウヒ」の意)、中国名は「鱼鳞云杉」(「魚鱗」は樹皮が鱗のようになっていることから。「云杉」はトウヒのこと。)[3]

利用

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北海道では人工造林の代表種で、2008年現在でおよそ16万haの人工樹林がある[3][5]。苗木の育成が容易で、病気に強いうえ、春の芽出しが遅いので高緯度の酷寒地・多雪地での造林に適している[5]

近年は公園や街路樹、生け垣など緑化にも用いられるようになった[3]。樹形が自然のままでも整っており、針葉樹としては成長が遅いので、特に庭木に適している。なかでも草花と組み合わせてイギリス風の洋風庭園を作るのに適し、門まわりや庭木として用いられている[4]

湿原で小型化した個体は盆栽用に愛好されてきたが、盗掘によって稀少化している[3][4]。盆栽では「エゾマツ」と称するものが実際にはアカエゾマツである例が多い[4]

一般に成長はゆっくりなため、年輪が均一で詰まっている。材は白褐色から淡黄白色で、心部と辺部の性質に大きな差がないのが特徴[4][5]。針葉樹材のなかでは強度が高いが、耐朽性は劣る[5]

天然のアカエゾマツ材は、他のトウヒ属一般と同様に、建築材や土木用材、パルプ材としても使用可能[3][5]だが、近年は資源が枯渇しており、北海道の針葉樹全体の4%から5%程度しかない[5]。そのため高価な用途に限定されるようになっており、バイオリンやピアノなど弦楽器の表面板などに用いられている[4][5]

人工造林のアカエゾマツ材、とくに間伐材は、天然材やトドマツと比較すると強度でやや劣るとみられており、建材として用いるには採算性が劣るとされている。そのため強度の必要のない集成材や梱包材の用途に用いられている[17]

スギやヒノキなどの温帯性針葉樹に富む日本では、トウヒ類は建材としてはあまり用いられてこなかったが、人工乾燥や防腐処理、集成材加工などを行うことで耐久性や強度面での弱点を改善した製材品が見直されつつある。この分野で先行しているのは北欧のドイツトウヒ(Picea abies)である。寒冷および氷河の浸食によって貧栄養で雑草が生えにくく平坦な地形という特徴があり、地拵えと植え付けから収穫まで非常に低コストで可能である。このために輸送と加工に手間をかけても、建材用のスギ・ヒノキの強力な競争相手となっているという[18]。日本でもトウヒ林業の先進地である北欧とは育種や施業方法の情報交換を行っている[19]

アカエゾマツの間伐材や下枝葉などを水蒸気蒸留することで得られる油分(精油)は森林の代表的な芳香成分の一つであるボルニルアセテートを多く含み、アロマ原料や香料として利用されている[20][21]。アカエゾマツの精油には多種多様な病原菌や真菌に対して強い抗菌性を有していることが証明され[22][23]、近年、これら特性を生かした製品化(皮膚病を予防する牛用クリームなど)や廃棄される枝葉の再利用、地方創生の取組みが推進されている[24]

アカエゾマツをシンボルとする地方自治体

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以下の自治体で自治体の木として指定されている。

脚注

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注釈

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  1. ^ 胸高直径(地表から約1.2mの高さにおける直径)5cm以上のもの
  2. ^ 胸高直径(地表から約1.2mの高さにおける直径)5cm以上のもの

出典

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  1. ^ Conifer Specialist Group 1998. Picea glehnii. In: IUCN 2010. IUCN Red List of Threatened Species. Version 2010.4.
  2. ^ アオミノアカエゾマツ 米倉浩司・梶田忠 (2003-) 「BG Plants 和名−学名インデックス」(YList)2018年6月3日閲覧
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y 『知りたい北海道の木100』p26-27「アカエゾマツ」
  4. ^ a b c d e f g h i 中川木材産業 木の情報発信基地 アカエゾマツ 2016年8月13日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m 地方独立行政法人 北海道立総合研究機構 森林研究本部 林産試験場 道産木材データベース アカエゾマツ 2016年8月13日閲覧。
  6. ^ 山田健四, 大野泰之 (1999) 蛇紋岩土壌での天然更新(III) : 蛇紋岩土壌による実生の根系成長阻害(会員研究発表論文). 日本林学会北海道支部論文集 47, p.108-110. doi:10.24494/jfshb.47.0_108
  7. ^ a b c 川湯エコミュージアムセンター アカエゾマツの森 Archived 2016年6月29日, at the Wayback Machine. 2016年8月13日閲覧。
  8. ^ a b c d e f g h 国立研究開発法人 森林総合研究所 早池峰のアカエゾマツ隔離小集団 2016年8月13日閲覧。
  9. ^ a b 環境省 釧路自然環境事務所 阿寒国立公園 (PDF) 2016年8月13日閲覧。
  10. ^ a b 文化庁 文化遺産オンライン 早池峰山のアカエゾマツ自生南限地 2016年8月13日閲覧。
  11. ^ 松田彊, 春木雅寛, 長谷川栄, 矢島崇, 関根誠, 真山良 (1978) アカエゾマツ天然林の研究 : (V)南限地早池峯山における生育と更新について. 日本生態学会誌 28(4), p.347-366. doi:10.18960/seitai.28.4_347
  12. ^ 小学館 編「シンコ-まつ」『日本国語大辞典』(2版)小学館、2000―2002 エラー: 日付が正しく記入されていません。(説明 
  13. ^ 農林省山林局 編 (1932) 『樹種名方言集』. 農林省山林局, 東京. 国立国会図書館書誌ID:000000904043 (デジタルコレクション有)
  14. ^ 倉田悟 (1963) 『日本主要樹木名方言集』. 地球出版, 東京. doi:10.11501/2501494(国立国会図書館デジタルコレクション)
  15. ^ 農商務省山林局 編 (1916) 『日本樹木名方言集』. 大日本山林会, 東京. doi:10.11501/1716690(国立国会図書館デジタルコレクション)
  16. ^ 内海泰弘, 古賀信也 (2024) 北海道足寄町における伝統的な樹木の名前と利用法およびその知識の消失. 九州大学農学部附属演習林報告 105, p.1-4. doi:10.15017/7172205
  17. ^ 林野庁 北海道森林管理局 上川南部森林管理署,田島瑠美,「アカエゾマツ人工林の間伐材利用実態と今後の課題 (PDF) 」 2016年8月13日閲覧。
  18. ^ 遠藤日雄(2002)『スギの行くべき道(林業改良普及双書 No.141)』. 全国林業改良普及協会, 東京. ISBN 4-88138-115-6
  19. ^ 田村明 (2013) フィンランドとの共同研究について. 森林遺伝育種 2(2), p.67-68. doi:10.32135/fgtb.2.2_67
  20. ^ 横田愽「樹木成分研究による森林資源の獣医学的活用」『産学官連携ジャーナル』、科学技術振興機構、2022年、10-12頁、doi:10.1241/sangakukanjournal.18.7_102023年4月17日閲覧 (Paid subscription required要購読契約)
  21. ^ 土居拓務, 本田知之, 安井由美子, 前田尚之, 酒巻美子, 萩原寛暢, 横田博「木育活動およびアカエゾマツ精油芳香曝露による唾液中ストレスホルモン(コルチゾール)の低減」『AROMA RESEARCH』第21巻第4号、フレグランスジャーナル社、2020年、28-34頁、hdl:10659/00006896ISSN 13454722NAID 120007089701 
  22. ^ 山口昭弘, 趙希英, 佐藤彩音, 亀田くるみ, 前野奈緒子, 家子貴裕, 前田尚之, 横田博「アカエゾマツ精油のアクネ菌に対する抗菌性」『Aroma research= アロマリサーチ』第22巻第4号、フレグランスジャーナル社、2021年、361-367頁、hdl:10659/00007495ISSN 13454722 
  23. ^ 醍醐由香里, 村田亮, 鈴木一由, 横田愽, 内田郁夫, 菊池直哉「乳房炎原因菌に対するアカエゾマツ(Picea glehnii)精油の抗菌活性」『北海道獣医師会雑誌』第62巻第5号、北海道獣医師会、2018年、135-139頁、hdl:10659/00006359NAID 120006798183 
  24. ^ 一般社団法人Pine Grace”. アカエゾマツ、森林、獣医学 | PineGrace | 北海道. 一般社団法人Pine Grace. 2023年1月1日閲覧。
  25. ^ 市の木・市の花 士別市役所総務部企画課 2025年8月15日閲覧

参考文献

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  • 『知りたい北海道の木100』,佐藤孝夫/著,亜璃西社,2014,ISBN 9784906740109

関連項目

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類似種

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