湯浅直宗

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湯浅直宗
時代 戦国時代 - 安土桃山時代
生誕 天文14年(1545年
死没 天正10年6月2日1582年6月21日
別名 通称:甚介
主君 織田信長
氏族 湯浅氏
中島主水正
男子

湯浅 直宗(ゆあさ なおむね)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将織田氏の家臣。

生涯[編集]

天文14年(1545年) 、誕生。『湯浅甚助直宗伝記』によると、中世紀伊国において最大の武士団を率いた湯浅宗重の一族とされる。他にも湯浅直勝湯浅直治中坊秀政の娘婿)などの名前もあり、湯浅氏に属すると記されている。

馬廻衆として織田信長に仕える。桶狭間の戦い長篠の戦いなどの主要な合戦で軍功をあげた。

天正10年(1582年)、明智光秀の起こした本能寺の変の際、町宿に泊まっていたが火急を聞きつけて、本能寺に駆けつけて信長と共に戦うが、討たれた。

直宗の子は織田信雄に仕えて、尾張国丹羽郡北小淵郷(現・愛知県一宮市)に百貫を領したという。

関連項目[編集]