阿弥陀寺 (京都市上京区)

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阿弥陀寺
Amidaji.jpg
山門
所在地 京都府京都市上京区寺町通今出川上ル鶴山町14
位置 北緯35度2分2.2秒
東経135度45分58.4秒
山号 蓮台山
宗派 浄土宗
本尊 阿弥陀如来
創建年 天文24年(1555年
開基 玉誉清玉
別称 信長公本廟所、寺町阿弥陀寺
地図
阿弥陀寺 (京都市上京区)の位置(京都市内)
阿弥陀寺 (京都市上京区)
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阿弥陀寺(あみだじ)は、京都市上京区寺町通今出川上ル鶴山町にある浄土宗寺院である。山号は蓮台山。院号は総見院。本尊は阿弥陀如来

由緒[編集]

天文24年(1555年)、玉誉清玉が近江国坂本に創建したのがこの寺の始まりとされ、その後清玉が織田信長の帰依を得、上京今出川大宮に移転。

天正10年(1582年)、信長が本能寺で討たれると、清玉上人が自ら現地に赴いて信長の遺灰を持ち帰って、墓を築いたとされる。後に信忠の遺骨も、二条御新造より拾い集めて、その横に墓をなした。さらに本能寺の変の名の分からぬ犠牲者大勢も、阿弥陀寺に葬って供養したという。

天正13年(1585年)、現在地に移転した。延宝3年(1675年)11月25日に大火あって、信長公の木像、武具・道具類などの遺物が焼失した。焼け残ったものは大雲院に移されたが、同院でも再び火災にあってほとんど現存しない。

美作国津山藩の4代藩主森長成は毎年6月2日に法要をし、信長公百年忌も執り行ったと云うが、森家の改易後は御茶湯料の寄進はなくなったとする。

伽藍等[編集]

織田信長(総見院殿贈大相国一品泰巌大居士)
織田信忠(大雲院三品羽林仙巖大居士)
  • 外廟石塔に供養墓[2]
森成利(蘭丸)・森長隆(坊丸)・森長氏(力丸)の兄弟、福富秀勝、津田権之佐信貞[3]津田九郎次郎赤座七郎右衛門団平八郎湯浅甚介、櫻木傳七郎、青柳勘太郎[3]、桑原吉三[3]

脚注[編集]

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  1. ^ 近藤瓶城 1930, p.431
  2. ^ 近藤瓶城 1930, p.433
  3. ^ a b c 阿弥陀寺文書に名前が残るが人物不明のもの。

参考文献[編集]