波多野二郎

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波多野 二郎(はたの じろう、1885年明治18年)2月15日[1] - 1962年昭和37年)1月15日[1][2])は、日本の海軍軍人政治家華族。最終階級は海軍大佐貴族院子爵議員

経歴[編集]

本籍は東京都[2]裁判官波多野敬直の二男として生まれる[1][3]。父の死去に伴い、1922年9月20日に子爵を襲爵した[1][4]

1906年11月19日、海軍兵学校34期[5])を卒業し[6]1907年12月20日、海軍少尉に任官した[6]。以後、駒橋艦長高崎特務艦長、利根艦長、日進艦長、横須賀鎮守府付などを歴任[2][3]。海軍大佐に進み、1930年予備役に編入された[2][3]

1939年7月、貴族院子爵議員に選出され[2][7]研究会に所属して活動し、1946年4月13日に辞職した[2][8]

親族[編集]

  • 母 波多野鹿子(しかこ、中島清武二女)[1]
  • 継母 波多野ため(為子、矢野冝温二女)[1]
  • 妻 波多野勝子(島村久長女)[1]
  • 婿養子 波多野隆国(西郷寅太郎五男)[1]
  • 長女 波多野静子(隆国の妻)[1]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i 『平成新修旧華族家系大成』下巻、362頁。
  2. ^ a b c d e f 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』51頁。
  3. ^ a b c 『人事興信録』第14版 下、ハ7頁。
  4. ^ 『官報』第3044号、大正11年9月22日。
  5. ^ 『日本海軍士官総覧』162頁。
  6. ^ a b 『陸海軍将官人事総覧 海軍篇』122頁。
  7. ^ 『官報』第3758号、昭和14年7月17日。
  8. ^ 『官報』第5795号、昭和21年5月13日。

参考文献[編集]

  • 海軍義済会編、戸高一成監修『日本海軍士官総覧』柏書房、2003年( 「海軍義済会員名簿(昭和十七年七月一日調)」(海軍義済会、昭和18年刊)の復刻版)。
  • 霞会館華族家系大成編輯委員会編『平成新修旧華族家系大成』下巻、社団法人霞会館、1996年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 外山操編『陸海軍将官人事総覧 海軍篇』芙蓉書房出版、1981年。
  • 人事興信所編『人事興信録』第14版 下、1943年。