河相洌

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河相 洌(かわい きよし又はかあい きよし[1]1927年10月22日 - )は元盲学校職員。日本初の盲導犬オーナー。

人物[編集]

カナダバンクーバー生。実父は外交官の河相達夫1945年慶應義塾大学(予科)に入学するが、在学中に失明して中退する。しかし1952年に復学(文学部哲学科)し、1956年卒業。

その後滋賀県立盲学校の教員として就職。この間、のちのアイメイト協会創設者・塩屋賢一に出会い、河相からの依頼で塩屋の手によって調教された日本初となる盲導犬・チャンピィとの生活を始める。このことがきっかけで、日本においての盲導犬(ひいては介助犬聴導犬)の拡大につなげていくことにもなった。

1960年から1988年まで、静岡県立浜松盲学校教員として勤務し、定年となった1988年に退職。現在も盲導犬についての啓蒙・普及のための講演や著書執筆をしている。

著書[編集]

  • 「ぼくは盲導犬チャンピィー」(1967年 朝日新聞社<現・朝日新聞出版> 1981年 偕成社より文庫化)
  • 「盲導犬・40年の旅―チャンピイ、ローザ、セリッサ」(2001年 偕成社)
  • 「大きなチビ、ロイド―盲導犬になった子犬のものがたり」(2004年 文芸社
  • 「花みずきの道」(2010年 文芸社)
  • 「回想のロイド 盲導犬との50年」(2010年 文芸社)

河相を取り上げたテレビ番組[編集]

出典[編集]

  1. ^ 日本初の盲導犬・チャンピィー彦根を歩くより