橋本公亘

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橋本 公亘(はしもと きみのぶ、1919年7月9日 - 1998年2月6日)は、日本法学者。1990年まで中央大学法学部教授(法学部長等を歴任)。専攻は憲法行政法。中央大出身者としての初の日本学士院会員(1992年12月14日から)。1962年から1964年まで第一次臨時行政調査会の臨時委員を務めた。

略歴[編集]

  • 1919年(大正8年) 生
  • 1942年(昭和17年)中央大学法学部卒業。高文合格後、内務省入省。
  • 1957年(昭和32年)中央大学法学部教授
  • 1993年(平成5年) 叙勲二等瑞宝章
  • 1998年(平成10年)没。叙正五位

行政手続法[編集]

1993年(平成5年)に公布(1994年(平成6年)施行)された行政手続法の原案となった橋本草案を1964年(昭和39年)に第一次臨時行政調査会に提示した。行政手続法第1条第1項は、行政運営における透明性とは、行政上の意思決定について、その内容及び過程が国民にとって明らかであることをいうと定めている。行政運営が公平であるというだけではなく、透明性が必要だと主張した。

憲法第9条[編集]

従来の自説には拘泥せず、現在の時点で憲法の意味を考えることにつとめた。この結果として、憲法九条について、説を改めた。憲法の変遷があったと考えるに至ったからである[1]

九条の意味の変遷[2]

  • 憲法学者の従来の通説は、憲法制定当時における九条の規範的意味を正しくとらえていた。
  • しかし、その後の国際情勢およびわが国の国際的地位は著しく変化し、いまでは九条の解釈の変更を必要とするにいたった。自国領土の防衛をすべて他国まかせにすることは、わが国の国際的地位の向上の点から見て、国際社会の同意を得られないであろう。
  • 国民の規範意識も、現在では自衛のための戦力の保持を認めているように思われる。
  • 憲法規範もまた人類の社会生活の規範の一であるから、事実の世界を無視して文字のみを解釈すべきではない。
  • かくして、右の限りにおいて、九条の意味の変遷を認めざるを得ない。

主著[編集]

  • 『行政手続法草案』(有斐閣、1974年)
  • 「憲法」青林書院新社(1972年6月)
  • 『日本国憲法』(有斐閣、1980年)

論文[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 橋本公亘『日本国憲法』(有斐閣、1980年)はしがき1頁
  2. ^ 前掲書430-431頁