横倉裕

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横倉裕
別名 YUTAKA
カルロス・“ユタカ”・デル・ロザイオ
生誕 (1956-06-26) 1956年6月26日(61歳)
出身地 日本の旗 日本 東京都世田谷区
ジャンル ジャズフュージョン
職業 ミュージシャン
コンポーザー
アレンジャー
音楽プロデューサー
担当楽器 ヴォーカルキーボード
レーベル アルファレコード
GRP
セルジオ・メンデス

横倉裕(よこくらゆたか, 1956年6月26日 - )は東京都出身の歌手で、キーボーディスト琴奏者コンポーザーアレンジャープロデューサーYUTAKA(ユタカ)の名前でGRPレコードと日本人として初めて契約したミュージシャンである。

バイオグラフィ[編集]

1973年にバンドNOVOのメンバーとして日本で活動開始。シングル「愛を育てる(村井邦彦・作曲)」でKingからデビュー。セルジオ・メンデスに影響されたボサノバ・テイストの音楽性を持っていた。 NOVO解散後に、アメリカでの事業展開を模索していた村井邦彦を頼って、単身で渡米し、セルジオやデイヴ・グルーシンに師事。

1977年に笠井紀美子のアルバムTokyo Specialに楽曲を提供。 1978年にデビュー・アルバムLove Lightをデイヴとラリー・ローゼンのプロデュースにより発表。オリジナルは日本のアルファレコードより発売。後に村井のアルファ・アメリカよりアメリカでも発売。 1981年にグレッグ・フィリンゲインズSignificant Gainsでアレンジを担当。

1988年にデイブのGRPレコーズと日本人として初めて契約し、セルフ・タイトルのYUTAKAを発表。このアルバムから、自ら琴を演奏し始める。以降GRPから計3作のアルバムを出している。 1990年代半ば以後はソロ活動を控え、アラバマに開設した自己のスタジオDouble"Y"Studioにて、プロデューサー、アレンジャー、レコーディングエンジニアとして活動。

2006年以降は、カルロス・“ユタカ”・デル・ロザイオ(Carlos "Yutaka" Del Rosario)という別名でセルジオ・メンデスのバックミュージシャンとして活動しており、来日公演を数度している。 2013年にNOVO名義で新曲を発表、注目を集める。

ディスコグラフィ[編集]

タイトル 発表年 レーベル
Love Light 1978 Alfa
Yutaka 1988 GRP
Brazasia 1990 GRP
Another Sun 1993 GRP
Novo Complete 2003 King

アレンジメント・ワーク[編集]

アルバムタイトル / アーティスト 発表年 レーベル
The Song Is You And Me / 増尾好秋 1980 King
Significant Gains / Greg Phillinganes 1981 Planet
De Novo / L.A.Transit 1986 Denon
Ilha Dos Frades / Velas 1989 Canyon
The Woman In Me / 藤田朋子 1989 Canyon
Self Tittled / Kevyn Lettau 1991 Nova
Intuition / Pauline Wilson 1992 Canyon
Forbidden Fruit / Marion Meadows 1994 Novus
The Language Of Flowers / Kevyn Lettau 1998 Victor
Show Me The Way / Chad Borja 2000 Warner(Philippine)
Stand by Me / Ray Brown Jr. 2005 Sing Man

リファレンス[編集]