松波城

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
logo
松波城
石川県
松波城址
松波城址
別名 なし
城郭構造 平山城
築城主 畠山義智
築城年 文明6年(1474年
主な城主 松波畠山氏
廃城年 不明
遺構 庭園、堀切、曲輪、土塁、空堀、搦手門
指定文化財 名勝(庭園)、県指定史跡(庭園)、能登町指定史跡
位置 北緯37度21分21.0秒 東経137度14分22.0秒 / 北緯37.355833度 東経137.239444度 / 37.355833; 137.239444座標: 北緯37度21分21.0秒 東経137度14分22.0秒 / 北緯37.355833度 東経137.239444度 / 37.355833; 137.239444
地図
松波城の位置(石川県内)
松波城
松波城

松波城(まつなみじょう)は、石川県鳳珠郡能登町に存在した日本の城

概要[編集]

文明6年(1475年)、能登畠山氏3代目当主畠山義統の3男とされる畠山義智により築城されたと伝わっている。以後、6代に渡り松波畠山氏の居城として奥能登一帯を統治することとなる。5代当主・松波義龍の代に、この地の有力豪族松波氏の名跡を継ぎ、松波氏を称し、松波城は能登畠山氏の居城・七尾城の支城的役割を担った。

天正5年(1577年)、七尾城陥落後に上杉謙信家臣長沢光国に攻略され、6代目当主松波義親が自害し落城した。

本丸址

現在[編集]

現在は遊歩道などが作られ、城址公園として整備されている。2007年11月には、旧松波駅の駅舎が活用され、松波城の歴史を知るための情報館としてオープンしている。[1]

近年、15世紀後半から16世紀のものとされる枯山水式の庭園の跡が発掘され、1991年には県指定史跡に指定された。2012年、建物群や庭園跡を含む約4,000平方メートルが旧松波城庭園として国の名勝に指定された[2]

搦手門は万福寺の山門に移築されたと伝えられ、現存している。

所在地[編集]

石川県鳳珠郡能登町松波

関連項目[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]